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◇ローズマリー

ありがたいことに
元同期との付き合いは長い。

職場では同じタイトルの
担当になったことなど
一度もなかったはずなのに。
魅力に感じるものを伝えていたら
いつの間にか
プライベートで会う機会が増え、
その日のことを互いの苗字を取って
"雨森船会"なんて呼んでいる。
雨がわたし。(まぁわかるよね)

先日。
そのうちの"森"の同期の紹介で
武蔵小杉にある紅茶専門のお店へ。

<TEA HOUSE ローズマリー>

ひとりの奥さまがお客さんと
ゆるゆると話しながら
紅茶とケーキを出しているとのこと。
イメージするとしたら
”かもめ食堂”
“パンとスープとネコ日和”
そんな邦画の雰囲気。

「次に来る時は
 ひとりずついらっしゃいね」

同期と来店した時に
店主のゆうこさんはそう言った。
グループの来店よりも
個人の来店を勧める。
会話の内容に気を遣う必要がない。
お互い、良い意味で"楽"なのだ。

確かにお茶する時間くらい
気難しいことは捨てて
緩やかに息を抜いて
自然であることが理想的。
普段の、
それこそ企業間でのやりとりや
決めなくてはならない事柄が
脳内を埋め尽くしていれば
お茶の味すら
記憶に残らないかもしれない。

久しぶりに
"息抜き"を楽しんだ。


◆ジャスミン

突然。
「ローズマリーへ行こう」と
思いついた。

今日は前回の楽しい時間の
お礼がしたいと思い、
趣味で作ったブレンドティーを
小柄な瓶に詰めた。
中華街でいつも買っている
ジャスミンティーと
上品なシャルドネの
香りが愛しいダージリン。
夏場はしっかり冷やして
ゴクゴクと飲んでいた
爽やかで優しいフレーバード。

気に入ってくるといいな
と思いながら
ゆったりと支度をして
気がつけばもう黄昏時。
閉店1時間前くらいにお店に到着。

「こんにちは」
戸を開けてあいさつをすると
ゆうこさんは目をまるくして
「まぁ!こんにちは!
 おひとりで来てくれたのね!」
明るく迎え入れてくださった。

お客さんは女性が2人。
きっとゆうこさんとの会話を
楽しんでいるのだろうとおもい
すみっこの席にバッグを置いた。

バッグから家で作った
ブレンドティーの瓶を取り出して
ゆうこさんに渡した。
ゆうこさんはあらあら!と言い
すぐに瓶を開けて香りを確かめた。

「なんていい香り!」
「ねぇ、今みなさんにも
 お茶を振舞っていいかしら?」
とても気に入ってくださった。

「うちの孫がね」
話し始めるゆうこさん。
なにやらテレビで
アンパンマンのアニメを観ていたら
ジャスミンティー姫という
キャラクターが登場したようで
ジャスミンの花を見たい!と
言われたところだったそうだ。

ちょうど、
ジャスミンの花が入った
ジャスミンティーを
探そうとしていたその矢先。

わたしがジャスミンの花の入った
ブレンドティーを持ってきた。

という状況である。
喜ばないわけがないのもわかる。

まさかローズマリーに来て
じぶんが持ってきたブレンドティーを
飲むことになるとは。

ほかのお客さんのカップにも
シャルドネの香りが心地よく漂う
ジャスミンティーが注がれる。
おふたりもとても気に入ってくださった。

今日こそはシフォンケーキと
ミルクティーを堪能したい、と
ゆうこさんに話すと
「レモンの香りがするお茶があってね、
 そのお茶をミルクティーにするの!
 本当なら"いけない"組み合わせを
 味わってみない?」

特別な秘密を知っているような
わたしの反応を楽しみにするような
そんな笑顔で支度を始めた。

ゆうこさんは本当に可愛らしい。
女性の暖かさと、
女の子のときめきが
一緒になっているような、
そんな女性だと感じている。

レモンティーにミルク。
それは"いけない"組み合わせ。
それは禁断の組み合わせ。

試したことがあるだろうか。
レモンティーにミルクを混ぜると
得体の知れない謎の物体が
カップの中に現れる。
見た目はちょっと
気持ち悪いかもしれない。

この現象は分離
酸性であるレモンと
牛乳に含まれる
タンパク質のカゼインが反応し
固体となり分離に至ると。
(細かいことはここでは省略)

しかし
そんな禁断の組み合わせを
分離しない状態で飲めるという
まさに奇跡の1杯をいただいた。

今回食べることができた
しっとりとしたシフォンケーキは
りんごの甘い香りでいっぱい。

わたしは普段から
…というより、
幼少期から紅茶にお砂糖は
欠かせないものだと認識している。
ストレートで飲むのも悪くない。
だけど、どこか物足りない。
そこはおそらく、
台湾の血の流れる母が
毎朝淹れてくれた紅茶を
お砂糖で甘くしてくれていたから。
この影響はかなりあると
自覚している。

今回はほんのり甘いケーキと
お砂糖を入れない紅茶の
香りと味をじっくりと堪能した。


◆安心できる場所

17時。閉店の時間。
11月ももう中旬である。
日が暮れるのは早くなった。
ふたりのお客さんは
わたしにも会釈をして
ローズマリーの戸を閉めた。

さてそろそろわたしも、と
そう思った時。

「ねぇ雨宮さん」
「下の名前はなんていうの?」

イスに腰掛けるゆうこさん。
話はそこから1時間
止まることはなかった。
何か難しいことを
話した訳ではないんだけど、
ゆうこさんにとってとても
興味を持っていただけたようで
わたしも嬉しかった。

同時に
わたしがあえて言わなかった
わたし自身のことも
見抜かれていた。

「あなたってきっと
 とても大きなことを
 乗り越えて来たんだと思うの」

「何があったのかは
 わからないけど、
 なんだかそれは
 とてもとても苦しくて
 つらいことだったと思う」

「それでもあなたは
 わたしたちに明るく
 笑顔でいてくれるの。
 乗り越えて来た人にしか
 できない笑顔なのよ」

「だからせめて、
 ここへ来た時は
 何も背負わないで
 "息抜き"していってね」

ありがとうございます。
ゆうこさんに感謝した。

一瞬、
悲しい感情や
幸せだった時間のことや
忘れかけた顔が過ぎったけど

ここなら大丈夫、

安心できる場所が
ひとつできたんだと感じた。

18時になるのに気づいて
「もうこんな時間!」
「楽しい時間って
 本当に早く過ぎるのね」と
ゆうこさんは慌てながらも
楽しそうに片付けを始めた。

ごちそうさまでしたと
会計を済ませ、
ジャケットを着て、
バッグを背負った。

ローズマリーの外まで出て
見送ってくださったゆうこさん。

次にお会いする時は
北海道土産を持って行きますよ。



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