トラさんは嫌われ者4

雨が降っていました。
トラさんは、どうしても空腹に耐えきれず、外へ出ました。

誰も……いないよね……

ゆっくりと洞窟のある山から降ります。
でも、いつも降りる方ではなく、あまり行かない道を歩きました。

こんな所もあったんだなぁ

雨に打たれながらも、トラさんは少しだけワクワクとしていました。

知らない場所へ行けば、もしかすると本当の自分に会えるかもしれない

トラさんは思いました。
ふと目の前に、小さな小屋がありました。
ボロボロで、今にも崩れ落ちそうですが、ひどくなってきた雨は凌げそうでした。

少し雨宿りをしよう

トラさんは、小屋の中へ入りました。
中は暗く、ものすごく悪臭が漂っていました。

これは……

暗闇の端に目を凝らすと、平べったい布団がありました。
その上に、人が横になっています。
さらに目を凝らすと、それは痩せ細っている老婆でした。
トラさんを見ると、老婆は一瞬恐怖の色をその目に浮かべましたが、それ以上は何もありませんでした。

この人は、もう長くない

トラさんにはすぐに分かりました。
トラさんのお腹が盛大に鳴ります。
しかし、トラさんは老婆の横にただ座っていました。
老婆の濁った目から、涙がポロリと溢れました。
それが合図でした。
トラさんの耳に聞こえていた彼女の全ての音が消えました。
トラさんは、静かに小屋から出ました。
そこへ、村の住人が数人やってきたのです。

「トラだ!」
「性悪婆さんの小屋から出てきたぞ!」
「きっとあの性悪を食ったに違いねぇ!」
「婆さんはいいが、この村に居座られたらたまったもんじゃねぇ!」
「喰い殺される前に殺せばいい!」

トラさんは怖くなりました。
自分の方がはるかに力が強く、負けることはないはずなのに、目の前の人間達がとても怖くなったのです。

どうして……どうして……⁉︎

トラさんは必死で逃げました。
何もしていないのに、逃げました。
いつもそうでした。

何もしてないよ……
ボクは、本当に何もしてないんだ……

ただ、ちょっとでも、少しでも役に立ちたくて……!

ごめんなさい!

必死に走っていましたが、空腹の体から徐々に力が抜けていきます。
村人達の声が背後から追いかけてくるような気がしました。
いや、この声達はずっとトラさんを追い回しているものでした。

こわい!
ひどいやつだ!
意地悪!
最低だ!

何もしていないのに、責められていました。
良いことをしたかったのに、罵られました。
怖がられるだけならまだ良かったのに、嫌われてばかりでした。
誰も、トラさんのことを知ろうとはしませんでした。
トラさんも、その誤解を解こうとはしてきませんでした。
足の一本一本から生きていく力が抜けていきます。
不意に、トラさんの体は宙に投げ出されていました。
崖に気がつかなかったのです。

ごめんなさい……ごめんなさい……

落ちていく最中も、トラさんは訳もわからずただ謝っていました。
誰に対してかも分からず、何に対してかも分からず。

ごめんなさい

あともう少しで謝ることも、怖がることも、嫌われることもない……

トラさんは目を閉じて、落ちる時を感じ、その時を待ちました。
けれども、一向にその時が来ません。

なんで?

目を開ければ、崖の下にいました。
そして、目の前にはさきほどの老婆が立っていました。
しかし、先ほどとは打って変わり、身嗜みはちゃんとして、顔色はとても良く、穏やかな表情でした。
老婆は微かに笑みを浮かべ、すぅっと消えました。
トラさんは、泣きました。
涙が止めどなく溢れてきました。
そこへ、ミィちゃんが慌てて駆け寄ってきました。
お腹が鳴りました。
そこへ、ポチくんが大きな骨を咥えて走ってきました。
追ってくる人間達を、ピィちゃんとカァさんとその仲間達が石をぶつけて追い払ってくれました。
みんな、トラさんに謝ります。
そして、言いました。

トラさん、今までごめんね
本当にありがとう

雨が止み、遠くに流れる雲を見ながら、みんなで帰りました。
トラさんにはまだあの声は聞こえていました。

トラさんは嫌われ者

これは一度聞こえてしまうと、これからもずっと消えることはないのです。
でも、もう負けることはないでしょう。
だって、友達のおかげで、本当の自分にやっと出会えたのですから。


〜おわり〜

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