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『あんのこと』映画館が通夜になった【ネタバレあり】

なんとなくネットニュースを眺めていたら出てきた。性的虐待を受けた中学生の子供についてのノンフィクション映画らしい。

なんとなくで見に行ったらとんでもなくダメージを受けて帰る羽目になった。

主役のあんちゃんは母親に言いつけられて売春している。この母親の気持ち悪いところは、あんちゃんに庇護を求め金をせびるときは「ママ」と呼び、あんちゃんが何か抵抗する際には「あん」と呼んで殴るところだ。
娘をママ呼びとはこれいかに。

痛ましいのは、あんちゃんの歩き方である。
『推しの子』のあかねちゃんが、アイの分析の際「若年期に性行為をした人間特有の歩き方」と言っていたが、正しくそんな感じの歩き方をする。
そして薬をやっており、それが見つかって警察に補導される。
このときあんちゃんの担当になった刑事は、庇護者として仕事のツテを辿ったり、や自身の主催する薬物依存者自助会などへの紹介を行なったり、社会復帰を手助けする。
あんちゃんは家を脱出してシェルターに入り、夜間中学に通いながら看護の仕事をして社会的にも自立し始める。
歩き方もどこか真っ直ぐしたものになり、表情も明るくなる。

しかしこの差し伸べられた救済も、刑事本人が犯罪を犯して逮捕されたせいで打ち切られる。
ここに畳み掛けるようにコロナが襲ってくる。学校も仕事も休みになり、孤立し、何もかも無くなってしまう。
さらなる耐え難い不幸も続き、あんちゃんは最終的に自死を選んでしまう。

映画後半でももう一度買春をさせられるシーンがあった。あんちゃんの歩き方はまたあのおぼつかない歩き方になる。
再び深淵に落ちたことを視覚的に示していた。

私がコロナであらゆる社交的イベントがなくなったおかげで羽を伸ばしてのうのうと暮らせるようになった一方で、社会的なつながりを絶たれて絶命する人もいたという現実を見せてくる映画だった。キャッチコピーもそんな感じで、あなたのそばにいたかもしれない人について考えさせるような社会派映画であった。

映画館はほぼ満席で、なんか有名な俳優が出ているとかで年齢層もバラバラだった。
そして映画が中頃になると啜り泣く声が、どこからともなく、四方八方から聞こえ始めた。
私も何度か泣いた。どうやってもハッピーな終わりになりそうもないと悟ったためだ。

そして映画が終わった後は完全に通夜だった。それからずっと啜り泣く音が聞こえた。トイレに入れば隣の個室で泣いている声が聞こえて、つられ泣きした。映画館を出て歩いていると後ろから鼻を啜る音が聞こえた。
あまりに空気が悲壮だった。

ごく一部に「さっぱりなんの話かわからない、つまらなかった」と言わんばかりの顔で出て行く人もいたが、一体この映画になにを期待していたのだろうか。

普段おそらく接することも無いような層について、その一端を知ることが出来るため、一度見てみるのもおすすめである。

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