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インターホンの先に

あれは上の子が発熱して3日目の昼だった。

子ども2人と何日も家で過ごすことに疲れ、
そんな自分に自信を失っていたとき。

ピンポーンというインターホンの音が届いた。

なんだろう。
Amazon頼んだっけ。

床に敷いてあるジョイントマットから
ゆっくり腰を上げてインターホンへ向かう。
モニター画面から見えるのは、
段ボールを持った男の人だろうか。

インターホンの前にたどり着いた私は
一瞬たじろいだ。
予想に反して、そこにいたのは茶髪の若い女性だったのだ。
それに段ボールなどの荷物は持ってない。

配達ではないとすると、
何かの訪問販売だろうか。
そうだとしたら、出ない方が良い。
このままさっきの場所に戻ろう――――

そう決めかけた瞬間、私はモニター相手の女性が
誰なのか悟った。

Aちゃんだ。

近所に住む、子どもが同じ幼稚園に通うママ友。

え?なぜ、Aちゃんがここに?

私は一度、インターホンから視線を外した。
通話ボタンを押そうかどうか考えるためだ。

これは私の癖である。
自分の予想外のところで知り合いに会ったとき、
私は一度、その人を知らないふりをする。

そうやって時間をつくり、次の行動を考えるのだ。
そのまま知らないふりをするか、初めて気づいたという演技をするか。
人と関わらない方法ばかり考えて生きてきた、
私なりの世渡り術。

今日は一歩も家から出る予定はなかったから
私はパジャマのままだ。
メイクもしてないし、髪もボサボサ。

この状態で知り合いに会うのも、なんだかなぁ…

正直な気持ちはそうだった。

しかし次に私は、Aちゃんがなぜここにいるか考える。
何か用があるのだ。
私たちが休んでいると知っている彼女が目の前にいるには
それなりの理由があるのだ。 

自分の体裁と、彼女の動機。
その2つを比べ私は後者を選んだ


焦点がぼやけていた視線をインターホンに戻し、
私は「通話」ボタンを押す。

「はーーいって、・・・え??Aちゃん??え??
どうしたの????」

横を向いていたAちゃんがこちらを見た。

「あ、ごめんね急に。びっくりしたよね?
あのね、ちょっと渡したいものがあって。
今からB子(Aちゃんの娘)がそっちに行くから!」

なんだろう?と思いながら私はオートロックの解除ボタンを押す。

我が家は小さなマンションの、上の階にある。
エレベーターがないので、Aちゃんは外のエントランスに
ベビーカーに乗せた下の子と待っているようだった。

インターホンの「通話」ボタンを切ったあと、
私は急いでGパンとパーカーに着替え、
自宅内の短い廊下を駆けた。
マスクで顔を覆いながら息を切らして玄関ドアを開る。

少し先に、B子ちゃんが右手の袋を私に差し出す格好で立っていた。

「B子ちゃん、来てくれてありがとう!」

B子ちゃんが手にしていた袋には、
16個入りのドーナツポップと
ゼリータイプのQooが4本、
オロナミンCが2本入っていた。


「え!!」

私は感情がそのまま口から出た。
まさか、食べ物の差し入れとは1㎜も思っていなかったのだ。

「え!?」しか言えなくなっていた。

私の思考が追い付き、「ありがとね!とっても嬉しい!」とB子ちゃんに伝えると、満面の笑みで頷いてくれた。
B子ちゃん、可愛いな。

B子ちゃんを送りにエントランスまで降りた私は、
Aちゃんに改めてお礼を伝えた。

Aちゃんは「隣駅に用事があって出かけてさ、そのついでだから気にしないで!また幼稚園で待ってるね!」と一言だけ残し、私に背中を見せる。

かっこいい。私はそう思った。


帰宅して、子どもたちとともに頂いた差しいれを食べる。
体調不良であってもポンデリングは子どもたちに人気らしい。
姉と弟で「これ食べて良いー?」「いいよー」と話し合う姿を
微笑ましく眺めながら、
私はたった数分の出来事を振り返っていた。

Aちゃん、いつから私たちへの差し入れを考えていたんだろう。
私たちのために、ここまでしてくれたんだ。

私はAちゃんの行動を思い、彼女がもっと好きになった。
自分たちのために彼女の時間を使ってくれたことが嬉しかった。




私は昔から人付き合いが苦手で、
誰かに気づいても知らないふりをすることが少なくない。

だけど、人と話すこと―――特に知り合いに関しては、
悪いことって1つもないのではないだろうか。

Aちゃんの行動は私にそう思わせるのに十分だった。


もっといろんな人との関わりを楽しんでみたい。
人の心の温かさに触れてみたい。
友達付き合いって、いいものかもしれない。

お腹いっぱいになった子どもたちが残した
チョコレートのドーナツを頬張りながら
私は自分の心が明るくなるのを感じた。

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