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ぬんちゃくを隠せ(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「ぬ」から始まる言葉がたくさん入っています。

会社から帰ってきたパパが僕に「夕飯の後でちょっと時間をくれないか。話があるんだ」と言った。

こんなことを言われたのは初めてで、何だろうととてもドキドキした。もしかすると、パパとママの会話を盗み聞きしていたのがバレたのかもしれない。火災保険の話かなんかみたいで、聞いたからって怒られることでも無さそうだったけど。
気になりすぎて、夕飯に出た苦手な糠漬けをうっかり口に入れてしまったほどだ。げほっ

僕が神妙な面持ちでいることにはまったく気づかず、パパはニコニコしながら「部屋を片付けてほしいんだ」と言い出した。

自慢じゃないけど、僕の部屋は中一男子にしては綺麗なほうだと思う。友だちのトオルの部屋なんてひどいもので、テーブルの上には食べ終わったヌードルの容れ物が置きっぱなしだし、床は抜け毛だらけだし、服は脱ぎ散らかしてるし。

僕がちょっと不満げな面持ちでいることにもまったく気づかず、パパはニコニコしたまま「今度の土曜日にユカコおばさんのうちのテッちゃんを預かるんだけど、アツシの部屋に泊めることになったから」と言う。

ユカコおばさんというのはパパの妹で、テッちゃんは5歳になる僕の従弟だ。

「泊めることになったからって? 僕は聞いてないよ」と口をとがらせながら反発したんだけど、「だから、いま伝えてるんだよ」と、ニコニコしながら、そんなことをぬかしている。
ママがたまにパパに向かって「もう! パパったら糠に釘なんだから!」って怒る気持ちが少しわかった気がする。

ユカコおばさんの大切な友だちが病気になったらしく、お見舞いに行きたいけど病院に子どもは連れていけないと悩んでいたので、「うちで預かるよ」とパパが引き受けたそうだ。病院は沼津にあるので一泊してくるんだって。

僕は小さく深呼吸したあと「泊まりにくるのはいいけど、なんで僕の部屋なの?」とパパにもわかるように聞いてみると、
「テッちゃんがアツシの部屋に泊まりたいって言ってるんだよ。アツシが大好きなんだって」と満面の笑みになったパパが言う。

テッちゃんは俳優の温水さんに似ている。温水さんと血がつながってると言ったら、ほとんどの人が納得するくらい似ている。
そんなわけで、とても温厚そうな見た目なんだけど、実はいろいろと抜け目がない。僕のことを大好きと言ったほうが部屋に泊まるのが成功するとわかってるんだろう。

僕がため息をついたことにもまったく気づかず、パパはご機嫌なまま「アツシも弟ができたみたいで楽しいだろ?」と言う。

一人っ子だから弟が欲しいだろうというのは勝手な思い込みだ。
僕は友だちの家に遊びに行った時に、弟や妹がいる大変さをチラチラと見ているのだ。予想できない動きをするちびっこギャングがいたら、ぬくぬくとした生活は送れないんだよ。


はっ! そうか!!
触られたくないものはきっちり仕舞わないと!!
タカシの弟も、エイイチの妹も、よくいろいろと壊していたっけ。

パパは僕がハッとしたのだけは気づいたらしく「だから、部屋を片付けてな」と言いながらニヤリと笑った。


僕は、自分の部屋に戻ってから、ぐるりと中を見回してみた。
テッちゃんは5歳にしては分別があるほうだから、むやみやたらに触ったりしないだろうけど、「触っていい?」と聞かれたら断れない。触られたくないものはしまうに限る。

まずは、ぬんちゃくだな。ブルース・リー好きのパパが僕に買ってくれたもの。これは振り回されたら大変だ。物を壊すだけじゃなくて身体に当たって怪我をするのも怖い。

アニメのフィギュアもしまっておこう。いま流行ってるアニメで、僕も御多分に洩れず好きなのだ。クラスメイトには沼ってる奴もいるけど、僕はそこまでではない、、、はずだ。大事なフィギュアは箱にしまってっと。
そうそう、ぬらりひょんのフィギュアも隠しておこうっと。けっこう気に入ってるんだ。

レゴブロックは貸してあげてもいいかな。また組み立てればいいし。蝉の抜け殻も欲しいならあげるとするか。
ぬいぐるみもそのままにしておこう。遊ぶかどうかはともかく。
そういえばこのクマは、ユカコおばさんにもらったんだった。
編み物や縫い物が得意なユカコおばさんは、僕にいろいろ作ってくれた。テッちゃんを泊めるのは恩返しにもなるのかな。ふむ。

あ、あと、アレだ。
部室に代々保管されているアレ。
先輩が残していったアレが、ちょうど僕の手元にきてるんだった。
僕はそんなに興味があるわけではなかったけど、順番だって押し付けられたヌード写真集。

テッちゃんの目に触れたら、すぐにママに言いつけそうだ。塗り絵だよ、なんて誤魔化せるわけはないしね。

家族でドラマを見ているときにちょっと濡れ場っぽいシーンが出てくると慌てふためくママに、ヌード写真集なんかとても見せられない。
「パパのじゃない?」なんて濡れ衣を着せたらかえってややこしくなるだろうから、見つからないに限る。

ど、どこに隠そう。
んーーーーー

あ、そうだ。
学校に持っていって次の奴に渡そう。部室の抜き打ち検査もこの前終わったばかりだからすぐは無いだろう。
別に、ゆっくり見られなくても、残念なんかじゃないから。
順番が違ったらなぁ、なんて思ってないから。

これでひとまず大丈夫かな。

さっきパパが抜き足差し足忍び足のつもりでのぞきに来たようだったけど、コツコツ音がしていたから気づいてたよ。
少し抜けたところがあるパパでも安心してくれたかな。

はぁ〜。

疲れたぁ。

めんどくさかったぁ。

テッちゃんが来たら、まずはこの部屋の主は僕だということを言って聞かせよう。

それから、
それから、
何して遊ぼう。
泊まるなら遅くまで遊べるな。


来るのは土曜日かぁ。

はやく土曜日にならないかな。


ちっちゃい子のぬくもり、ちょっと好きだったりするんだ、実は。


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