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将棋とじいちゃんと(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「し」から始まる言葉がたくさん入っています。

「じゃあ、僕と将棋をさしてくれる?」とジュンくんが言った。

不思議な展開に驚きながらも「いいわよ」と答えた。



私の名前はショーコ。
地元の信用金庫ではたらく26歳。窓口には出ずに後方の事務作業を担当している。地味な仕事だけど性に合っているみたい。最近では、じっくり取り組むことを上司から誉めてもらえるようになってきた。

今日は、その上司が招待された商工会議所主催の交流会へ一緒に参加している。日ごろ付き合いのある商店街のみなさんが多くて助かった。慎重な性格のためか、初対面の方と話すと極度に緊張するのだ。

交流会の目的通り、和気あいあいと親睦を深めるなか、「遅くなりました」と入ってきた青年がいた。

顔を見て、思わず「あっ!」と声をあげた私に、隣に座っていた質屋のオジサンが「知り合いかい?」と尋ねてきた。
「たぶん、小学校の同級生です」と答えたら、ホホオと顔をゆるませると、
「ジュンくん、こっちこっち」と手招きをしている。

いや、オジサン。
私に心の準備をする時間をください。

そんな私の心の声が聞こえるはずもなく、ものすごい勢いで呼び続けている。

こちらに近づいてきたジュンくんは、私を見ると
「ショーコちゃんだよね? 久しぶりだね。元気だった?」と言いながら、私の正面に座った。

中学から私立の進学校に進んだジュンくんと会うのは、十年以上ぶりだ。
背も伸びてシュッとしたイケメンになっていたが、小学校のころから整った顔立ちだったのでジュンくんだとすぐ分かる。
一方、私はといえば、丸々としていた小学校時代に比べると少しはホッソリして、しかもお化粧もしているのに、そんなにすぐに分かるものかしら? 垢抜けてないってこと?

と、覚えていてもらえた嬉しさより衝撃が先にきてしまった。

「おかげさまで元気にしているわ。ジュンくんが地元に帰ってきたことは聞いていたけど、まさかここで会うなんてね」と言うと、
「この前、地元の男子たちと飲み会をして、写真とか見せてもらってたから、ショーコちゃんだってすぐにわかったよ」とニコニコしている。

あ、最近の写真を見てたからなのね。

小学校の同級生はみな仲がよくて、地元に残っている同士で、しょっちゅう集まっている。そのときの写真を見ていたなら合点がいくわ。

垢抜けてないことが理由じゃなくて良かった。
と、思ったら、ジワジワと実感がわいてきた。

目の前に、あの、ジュンくんが座っているなんて!

違う意味での衝撃である。



質屋のオジサンは私の気持ちに気づくはずもなく、のんきに「同級生なんだー。ジュンくんはこの辺の生まれなんだね」と話してくる。

「そうなんですよ。大学進学と同時にこの町を出たんです。戻ってきたらずいぶん変わっていて驚きました」と、実にさわやかな笑顔で答えている。

ま、まぶしい!

オジサンは「休みの日にさ、ショーコちゃんに案内してもらったら?」と、またまたのんきな提案をしたあと、この状況に飽きたらしく、反対隣の市役所の職員に喋りかけている。

自由な人だな〜とクスクス笑っていたら、ジュンくんも同じように笑っている。

「案内は要らないけど、ショーコちゃん時間取れる?」と聞かれたので、「うん」と答えると、冒頭の質問をされたわけだ。

「じゃあ、僕と将棋をさしてくれる?」って、唐突にどうしたのかしら。
小学生のとき、私が将棋クラブに入っていたことをジュンくんは覚えているのかしら。

他の人たちから話しかけられて、二人だけの会話はこの二言三言だけだったが、私はずっとドキドキしていた。
将棋とはいえ、あのジュンくんと来週の土曜日に待ち合わせをしたのだ。
信心深くはない私だけれど、いろいろな神様に手を合わせたくなった。


小学5年生のとき、社会科の宿題をグループでやらなくてはいけなかったときに、みんなでジュンくんの家にお邪魔した。
瀟洒な造りの豪邸で、玄関の広さにポカンと口をあけてしまったのを鮮明に覚えている。
「おとうさんが上場企業の重役さんなんだって」と、しっかり者のカコちゃんが言う。上場企業も重役もドラマや小説でしか知らない世界だ。

静かなほうが落ち着く私は、教室で男子が大騒ぎするとビクビクしてたんだけど、ジュンくんはいつも小さな紳士みたいで安心だった。ほんとうのお坊ちゃまだったからなんだと、真相を解明できた気分になった。


みんなで集中して宿題に取り組んでいたけど、塾や習い事があるクラスメイトが次々に帰ってしまい、いつのまにか残ったのは私だけになっていた。

途中の失敗を修正して最後の仕上げを終えた。
「今日はありがとう。私も帰るね」と言うと、ジュンくんが「ちょっと待って」と自転車を持ってきた。
後ろに乗せて送ってくれると言う。

田舎だからか、自転車の二人乗りはそれほど厳しくされていない。
後ろの荷台に座って、ジュンくんの腰に手を回したら急に心臓がバクバクしてきた。

あれ? 私ジュンくんにしがみついている?

気楽に乗っちゃったけど、一度意識しちゃったら、心臓のバクバクが止まらない。
家までの時間は10分くらいのはずだけど、ものすごく長く感じた。

私の家は自動車の修理工場で、いつも誰かしらが家の前にいる。
恥ずかしくて、少し手前で自転車から降ろしてもらい、来た道を戻っていくジュンくんの後ろ姿を見送った。
姿が見えなくなっても、見送っていた。


初恋だったんだと思う。その後、なんの進展があるわけでもなく、完全な片思いだったんだけど、学校でジュンくんをこっそり眺めるのが楽しくて、充実した毎日だった。


そのジュンくんと待ち合わせなんて、何を着ていけばいいんだろう。新品は気恥ずかしいから、手持ちの服のなかで一番シャレたものにしよう。
信金のお客さまから髪の毛の艶を褒められることがあるから、シャンプーとトリートメントは念入りにして、金曜の晩、私は早めにベッドに入った。


待ち合わせた駅前の純喫茶は、昼前ということもあり、あまり混んでいないで、ジュンくんが奥の席に座っているのが見えた。
15分前に着いたけど、もう来ているなんて。

「こんにちは」
向かいの席に座ると、「今日は来てくれてありがとう」と言いながら、ミニサイズの将棋盤をテーブルに広げはじめた。

「本当に将棋をさすんだね」と冷やかすと、「もちろん」とさわやかに笑う。

し、白い歯がまぶしい!

このままでは、また心臓がバクバクしてしまうので、こっそり深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、ジンジャーエールを注文した。

そして、さっそく駒を並べて、二人で黙々とさしはじめた。
中盤にさしかかったあたりで、ジュンくんが「やっぱり将棋は楽しいな」と言い、
「じいちゃんが生きていたころは、よく遊んだんだよ」とポツリポツリと語り始めた。

お母さんのほうのおじいちゃんは老舗の和菓子屋さんで、ジュンくんととても仲がよかったこと、
その和菓子屋さんを継ぐためにこの町に戻ってきたこと、
両親には反対されたこと、
一人前の職人になる前に、おじいちゃんが事故に遭ってしまったこと、
バタバタしてちゃんと悲しめていなかったこと、

町に戻ってきた事情までは知らなかったから、少し驚いたけど、私に話してくれるのが嬉しかった。

「ショーコちゃんに会ったときに将棋を思い出してさ。将棋クラブだったでしょ? それでこんな誘いをしちゃって。
快諾してくれてありがとう」と、じっと目をみながら言われた。

そういえばジュンくんは「ごめんなさい」より「ありがとう」を言う人だった。

将棋は私の勝利。

いい勝負だったね、と笑ってから、ジュンくんが
「負けたから、何かお願いごとを聞くよ?」と身を乗り出した。

「えーとね、じゃあシネマに付き合ってくれない? 観たいのがあるの」
「あー! シネマ!!
 映画をシネマって言うの流行ったよね〜」

当時の担任の口癖だった“シネマ”にジュンくんと行くなんて。
あのころの私に教えてあげても、きっと信じないだろうな。

これまでの人生、親しくした男性も何人かいたけれど、自分の要望をはっきり伝えたことってなかった。自分に自信がなくて、いつもしりごみしてしまっていた。

憧れのジュンくんはもっとハードルが高いはずなのに、なんで素直にお願いを言えちゃったんだろう。

たぶん、いや、きっと
ジュンくんを信用してるからなんだな。
人を否定しない人って信じてる。
だから安心して頼めたんだ。


ネットで映画情報を調べたところちょうど良い上映時間の回があったので、二人で電車に乗って映画館のある街へ。
『シン・仮面ライダー』を堪能して、映画の感想をシェアしてから、子どものころのヒーロー物や戦隊モノの話で盛り上がって、昔をおおいに懐かしんだ。
ジブリ好きなど嗜好が似ていることも分かり、話は尽きなかった。


「僕の知り合いがやってるスナックに行ってみる?」と聞かれて、こうして必ず確認してくれるところも素敵だなと思いながら頷いた。


「こんばんは。ワインを」と、店に入るなり注文するジュンくん。
年季の入った店の年季の入ったママさんは「いらっしゃいませ」と上機嫌。ドアを開けた瞬間からずっとニッコニコしている。
「ジュンさん、過疎ってるスナックを心配して、いつも開店と同時に来てくれてありがとう」とママ。

めちゃくちゃ常連なんだね。

「こちら、僕の小学校の同級生のショーコちゃん。今日は将棋に付き合ってもらって、じいちゃんの話も聞いてもらえたんだ」

あ、ママさんにもおじいちゃんの話はしていたんだ。私だけじゃなかったことにちょっとがっかりしている。
仲の良さにもモヤッとする。これは嫉妬なのかしら。

「あら、私にも話してくれなかったおじいさまとの思い出話ができたのね。よかったわね」と屈託なくママさんは笑った。

そうか、ママさんには話していなかったんだ。何気ない会話に一喜一憂してしまう私。

「ショーコちゃんは昔から他の人とは違うんだよ。気持ちが純粋なんだよね。飼育委員だったんだけど、他のみんながサボってもショーコちゃんだけはウサギの世話も植物の手入れも自主的にやっててね。うちのクラスの花壇はいつも一番きれいだった。僕はそれはショーコちゃんのおかげだって知ってたんだよ」と真剣に語るジュンくんを、ママさんが目を細めながら見ている。

将棋クラブのことだけじゃなくて、私が飼育委員だったことも覚えてくれていたんだ。そのうえ、こんなに良い印象をもっててくれたなんて。
嬉しさに顔が真っ赤になってしまった。

「うふふ。ショーコさんが困ってるわよ、ジュンさん」

ママさんの言葉にジュンくんはハッとして、私が真っ赤になっているのに気がついて、自分も真っ赤になった。

「あ、いや、そんなことがあったんだよーって。あはは」と、しどろもどろになりながら話すジュンくん。

「さあ、ワインも飲み終わったようだし、今日はとっととショーコさんを送っていきなさい」とママさんが言う。
お客さんに「とっとと」だなんて、変わったお店だ。

お会計を済ませてジュンくんが先にお店を出たら、ママさんが
「ジュンさんが誰かを連れてきたのはショーコちゃんが初めてよ」と言って目をしばたたかせた。ウインクのつもりだったのかもしれないが、そうは見えなかった。



ジュンくんに家まで送ってもらうあいだに、いろいろな話をした。

「実家に帰ってきたときは、ショーコちゃんの家の裏にある神社にお詣りに行ってたんだよ。会えたことは無かったけどね」と、シレっと言って、

それから、

「また誘ってもいい?」と聞かれた。

「将棋?」と答えたら、
「将棋も」と返された。

「しょうがないなぁ」と笑いながら言ったつもりが、少し声が震えちゃった。


将棋と、ジュンくんのおじいちゃんに感謝しなくちゃと、しみじみしながら月に向かって手を合わせると、
隣を歩くジュンくんも、私の気持ちを知ってか知らずか同じように月に手を合わせている。

しあわせな将来を祈るように、月はやさしくほほえんでいました。

【し】
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