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僕らの北斗七星(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「ほ」から始まる言葉がたくさん入っています。

小学4年生のとき、僕らは北斗七星団を結成していた。
いや、正確にいうと周囲からそう呼ばれ始めて、本人たちもそんな気分になっていったのだ。

グループ別の自由研究で、習ったばかりの北斗七星を調べようと言い出したのは理子だった。理科の理に子どもの子と書いてマサコ。親の期待通りかどうかわからないけれど、理科が大好きな子どもに育っていた。
「北斗七星、いいわねぇ」と星占いにはまっているアヤナがうっとりした顔で真っ先に賛同した。
他のメンバーも口々に「いいんじゃない」と言い、あっという間にテーマが決定。さっそく放課後集まって、調べて、また集まって、模造紙に書き込んで、また調べて。
作品を作り上げるのが野球やアニメよりも楽しくなってしまい、毎日毎日北斗七星のことばかり考えていた。

発表は大成功で、担任の先生やクラスメイトからは拍手喝采。見学にきていた他の先生たちからも、後で廊下で呼び止められて褒められるほどの出来だった。
僕らは発表が終わった後も自然と一緒にいることが増え、周囲から「北斗七星団」と呼ばれるようになっていった。そう呼ばれることが誇らしくて、僕らはますます仲良くなった。

性格はそれぞれまったく違うけど、何事にも本気で没頭するところが似ていた僕ら。ボランティアとして奉仕活動に参加したときに褒賞をもらったこともあれば、クニオがお土産にもらったほら貝をみんなで吹き鳴らして怒られたこともあった。大音量過ぎて隣の家の法事がストップしてしまったらしい。
ほうき星探しをしたときも夜遅くまで遊んでいたことでかなり怒られた。
少し心配性の僕は、大人に怒られるとそのたびに気持ちが沈んだけど、いつもポジティブなアキラから「大丈夫だよ」と朗らかに言われると気持ちがほぐれて楽になることができた。
大人になった今でもこの時に身についた気持ちの切り替え方がとても役に立っている。

進級してクラスが変わっても僕らはよく集っては小さな冒険をしていた。町の端に広がる古い森を探検したときのことを作文に書いたホノカが賞を取り、僕らの名声はますますあがった。
『そよ風がほんのり甘い花の香りをはこんできて、森の中は楽園のようでした。私たちはほっそりとした木の枝に座って目を閉じて、ほうきに乗った妖精の気配を探しました。』って、あのときのほっこりとした雰囲気を上手に表現していて凄いと僕は心からそう思った。

そんな僕らだったが、中学に入るとだんだん時間が合わなくなり、高校・大学と進むにつれ、連絡をとることもほとんどなくなっていった。


「クニオが個展を開くんだって」と連絡がきたのは27歳の夏。だから久しぶりにみんなで集まらないかという提案に、僕は一も二もなくOKした。
発起人のタダシが待ち合わせ場所を小学校に決めた。LINEのグループチャットにイイねのスタンプが並ぶ。

当日は少し、いやかなりドキドキしながら小学校の正門に向かったが、僕が一番乗り。ほどなくしてみんなが集まったが、ドキドキはいつのまにか消えていた。
キャアキャア言いながら抱擁するアヤナとホノカを見て、心底ホッとしてほのぼのとした気分になった。

正門の横の看板に「部外者立ち入り禁止」と書かれていたが、卒業生だから部外者じゃないよなと言いながら静かに中に入った。

卒業して15年経った学校も校庭もなんだか小さくて、本音をいうとちょっと寂しかった。

だが、野球のボールがこちらに飛んできて、はっと我に返った。
ボールを投げ返すと「ありがとうございます!」と、校庭で野球をしている元気な小学生の声が響く。

「ホームラン級のあたりだな」とタダシが言うと、「アキラくんも飛ばして、よくボールを無くしたよね」とマサコがクスクス笑った。
放送委員だったアヤナが「ほら、あそこが放送室」と4階の教室を指差すと、タダシが「花壇も変わらないな」とニコニコしながら言った。
タダシは園芸部を発足して、土を掘り起こすところから花壇を作った功労者だ。今は北海道に移住して、植物の研究をしている。
豊作だったというハスカップを使ったジャムを「出来立てほやほやだぞ」と言いながらお土産にくれた。
みんな口々に当時の思い出を語り出し、互いに曖昧になっていた記憶を補填しあった。僕が覚えていないことを鮮明に話すやつもいれば、大きな事件だったのに忘れているやつもいたのだ。
アキラが、ポパイみたいに強くなりたいと言ってほうれん草を一度に食べ過ぎて病院に運ばれたことを当のアキラが忘れていて、それにはさすがにみんなでビックリした。

ひとしきり昔話を終えて、今度は近況を話しながらクニオの個展会場へ向かう。方向音痴の僕は、ホノカと一緒に一番後ろを歩いた。
保育士をしているホノカは、ときどき自分で作った童話を園児たちに聞かせているんだと語った。昔から包容力のあるホノカが、ほんわかと語っている姿が容易に想像できて、うれしくなった。

そして、昔の特技をそのまま活かせていて羨ましいとも思った。
クニオも小学時代から絵がうまくて、今は新進気鋭の画家として個展を開くまでになっている。タダシも夢を叶えているし……。

いまだに何者でもない僕は、自分自身にがっかりした。


会場に入ると、おめかしをしたクニオが立っていて、僕らを見つけると一瞬目を丸くして、そして顔をクシャクシャにして微笑んだ。

「おめでとう」と用意した花束を渡して、クニオの絵を一枚一枚観て回る。
クニオの絵は不思議だった。景色も静物画も本物の写真のような精巧さで描かれながら、光と影のバランスなのか異世界のもののように思えるのだ。
クニオの絵を見ると心が軽くなると言う人たちが一定数いて、仏が込められていると評されたりもするらしい。

会場の奥に飾られたひときわ大きな絵の前に立ったとき、僕らは言葉を失った。

「北斗七星」と名付けられたこの絵には星と夜空しか描かれていないのだが、たしかにこの絵の中に僕らは存在していた。
時間と空間を超えて、いま目の前にあらわれた僕らの北斗七星。
放心状態になった僕の目からは、いつのまにかボロボロと涙が流れていた。

「さっきまで『みんなは着実に夢を叶えているのに僕だけが凡人だな』と自分にダメ出しをしていたんだよ」と僕がポツリと話し始めると、みんな黙って聴いてくれた。

「でもさ、僕も北斗七星団の一員だもんな。ダメ出しなんてしてたら勿体ないな。あわてることは無いな」と言うと、
アキラが僕の肩に手を乗せて「大丈夫だよ。お前は特別だよ」と声をかけてくれた。

空っぽだったひしゃくに、どんどん水が入ってくるようだ。心が潤ってくるのがわかる。

こんなに素敵な仲間がいる僕が、たいしたことないわけがないんだ。

クニオがそっと寄ってきて「いい絵だろ? みんなのおかげだよ。ありがとう」と言った。

それからひとしきり、あの絵が好きだの、この絵に感動しただの、勝手な感想を交えながらクニオを賞賛していて、また絵を見始めた。

少し先に進んでいたアヤナが最後の絵の前で呆然と突っ立っている。
アヤナに向かって「どうしたの?」と声をかけたタダシは、絵に向き直るとポカンと口を開けた。
最後の絵は展示の中でたった一枚の人物画。
横顔だけど、口元のホクロと顎の骨の感じで誰だかわかる。
マサコだ。

みんなで一斉にマサコを見ると、マサコは頬を膨らませながら「だから展示するの嫌だって言ったのに。ほだされるんじゃなかった」とクニオをにらんだ。

クニオが顔をほてらせながら「やっとプロポーズにOKもらえたんだよ」と言う。
「小6のときに保健室で『惚れてます。僕のお嫁さんになってください』と伝えてから毎年ホワイトデーにプロポーズし続けて15年。本気で待ち長かったわ」と言う。苦労したふうに言ってるつもりだろうが、顔が惚けていて話にならない。

放任主義の家庭に育って少し奔放なところのあるクニオと、真面目なリケジョ代表のようなマサコの組み合わせ。
全然気づいていなかった僕らは、誰もが詳しい話が聞きたくてウズウズしている。クニオは会場に残すしかないけれど、マサコを連れてどこかの店に入って報告会だ。

大人になっても楽しい仲間だなと僕がしみじみしていると、アキラが
「絵のタイトルが〈僕の北極星〉だって。ダサくない?」と、ボーダーシャツの下の筋肉を震わせながら大笑いした。

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