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むささびの夢(創作)

「言葉であそぼ」では、五十音を使って物語を描いていきます。今回は「む」から始まる言葉がたくさん入っています。

気がついたらボクは木の上にいた。

月が森を照らして、夜はむらさき色に染まっている。
さっきママとパパに「おやすみなさい」と言ってベッドに入ったはずなのに、なんで木の上にいるんだろう。

向かい合った木から「コタロウ、風が変わったらおいで」と声が聞こえる。
声の主を探すと、そこにはムササビがいた。

ム、ムササビ?

驚いてほっぺたをつねってみると痛くない。
ああ、これは夢なんだなと思って、つねった指を見たらなんだか細くて長い。
そして、手の下に何かついている。

そうか!

ボクは夢の中でムササビになっているんだとわかった。

ボクのパパはムササビが大好きで、小さいころからムササビの話はたくさん聞いてきたんだもん。間違いない。


昔、パパが子どもだったころ、森でムササビの姿を見たんだって。それからパパはムササビに夢中になって、そして、森の研究者になったんだって。
動物学者になるより、ムササビが暮らす森を育む仕事を選んだのは、高校のときに出会ったママが森林の勉強をしていたから。

部活の合宿で地方の村へ行ったとき、虫眼鏡で虫を観察していたパパに「これ使う?」って、虫除けスプレーを渡してくれたのがママで、音が聞こえるくらい胸がドキドキしたんだって。そのうえほどけていた靴ひもも結んでくれて、完全にノックアウト。それがパパの初恋というわけ。
「蒸し暑い日だったけど、麦わら帽子のママの笑顔が爽やかで可愛くてさー、暑さもふっとんだよ」と、今でもママに胸キュンなパパは、息子のボクに平気でのろけてくる。


こうして、のろけられながらもムササビに関しては英才教育を受けてきたボクだけど、夢とはいえ、森で本物を見るのは初めてだ。
夜の森はまだボクには危ないからって、連れていってもらったことがないんだよ。

だからボクは、自分のからだの横についている飛膜をしげしげと眺めたり、美しい毛をさわってみたりした。
すると「コタロウ! 今よ」と大きな声がした。
どうやら風が変わったらしい。

夢だから樹から落ちても痛くないことは分かっているけれど、少し怖い。いや、かなり怖い。
だってすごく高いよ。この場所。
それに、向こうまで飛んでゆくのはむずかしそうだよ。

ボクがもじもじしていると、「ほらよ」って無邪気な声とともにボクの背中がドンと押された。

あっ、、、、、

ボクの身体が宙に浮いている。

無意識のうちに飛膜を広げていたらしく、ゆうゆうと隣の大きな樹に向かっている。

うわあ!!

鼻先をかすめる風が少しムズムズするけれど、空気に持ち上げられている感じがむちゃくちゃ気持ちいい。

少しよろめきながら無事に木に止まると、「コタロウ、長い距離を飛べるようになったね。えらいね」と声の主が迎えてくれた。ムササビのコタロウのママのようだ。

ほめられて照れくさくなっていたボクに、後から飛んできたムササビが「うまく飛ぶじゃないか」と話しかけてきた。
この声はボクを押したやつだ。

「急に押すなんて無茶なことするなよ。危ないだろう」とボクが怒ると、「無理〜って顔してたから押してみたんだよ」と涼しい顔で言う。ムササビにもいろんな表情があるもんだ。

「コタロウとムジロウくんはいつも仲がいいわねぇ」とムササビママが笑う。
どうやらボクたちは友だちらしい。
「おい、ムジロウ!」と呼んでみると、「ボクはムジロウって名前きらいだって言ってるだろ。むじなみたいでイヤなんだよ」とふてくされた。
「じゃあムササビのムサロウか?」と聞くと、「いや、むさくるしい感じがしてそれもいや」と言う。笑いながらしばらく言葉遊びをしたあと、ボクたちは違う木に飛んでいった。

風が遠くから麦の匂いを運んでくる。
月明かりが静かな夜と森を照らす。

余裕がでてきたボクは、遠くの地面にボクの影ができていることに気づいた。

そして、人間のコタロウに、ムササビのボクを見せてあげたいなと思った。

森を飛ぶムササビ。
それがボクなのだ。



ムジロウと一緒に木の実をむしゃむしゃむさぼっては、無計画に飛びまわって遊んだ。このあたりはサルの群れがいなくて安心なんだそうだ。
よく見るとムジロウの胸のところはボクより立派でムキムキしている。ムササビにもマッチョがいるんだなとボクはおかしくなった。ちょっと胸元の毛をむしってみたら、思ったより痛がるのでまた笑った。
一緒にいるのが楽しくて、無二の友ってやつかなーと思っていたら、東の空がほんのり明るくなってきた。

ボクらは「またな」と言って、それぞれのすみかに帰った。
ボクのすみかは、むっくりとした木の穴で、中ではムササビママとムササビパパがむつまじく眠っていた。いいムードだ。
ボクも眠ることにしようっと。



朝、
目がさめたら、ボクは人間のコタロウだった。

かがみに映さなくてもわかる。
あの素敵な飛膜がなくなっているんだもん。
残念。


ムササビになった夢は、むやみに話さないほうがいい。だれにも話さないでおくことに決めた。パパとママにも内緒にする。

ノートには書いておこうと思ってシャープペンをにぎったら、爪のあいだに何かはさまっているのが見えた。

ムジロウの胸毛?

むむむ。

何度も何度も見直して、ボクは確信した。

これはムジロウの胸毛だ。
ボクたちはやっぱり無二の友だったんだ。だから夢でも証が残ったんだ。


ボクは胸毛をティッシュにくるんで宝箱にしまってから
「いつか会いに行くからね」と、遠くに見える森に向かって手をふった。

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