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「子どもの一言には、その子の物語が隠れている」

 5年1組。Aちゃんを担任した。4年生のときに山形から転校してきた。明るくて優しい子だった。みんなから慕われていて、傍らにはいつも友達の笑顔があった。

 いつからだろう。

「席替えしましょう。席替え。」

A子は一日に何度も言うようになった。席替えは一か月に一度というクラスでの約束。できるだけたくさんの友達と交流してほしいと思っていたが、一か月に一度で十分。それに同じ班になった友達としっかり交流するには一か月くらいは必要だ。

「一か月に一回でしょ。約束でしょ。」

それでもA子は、

「いいでしょ、先生。席替えしましょう、席替え。」

と言いに来た。

「しつこいなー。」

と軽くあしらうことが何日も続いた。本当にAちゃんはしつこかった。

 参観日。Aちゃんのお母さんが、懇談会に参加した。終わってから、他の保護者の悩みなどを聞き対応していた。30分ほど過ぎてもAちゃんのお母さんは帰る気配もない。他の保護者の方との話が終わり、Aちゃんのお母さんとようやく話ができた。山形なまりの一言で、こう切り出した。

「先生…すみません…。転校することになってしまいました。」

Aちゃんのお母さんが泣いていた。

「急で申し訳ありません。父はもう山形に行っているのです。せめてAだけは、5年生が終わるまでは、いてほしいのです。たったの2年で、転校したくないとAも言っていました。この学校、今の仲間が大好きなのです。」

ショックだった。明るくて、私自身も含め、クラスのみんなを笑顔にしてくれた。勉強に対しても、熱心だった。この子がいなくなってしまうと考えると、悲しくてしょうがなかった。

そして、Aちゃんが「席替えしましょう」と言っていた姿が脳裏をよぎった。

 そうか。そうだったのか…。

 転校が決まり、一人でも多くの友達と仲良くなりたくて、Aちゃんは席替えをしたかったのか。この学校での最後の時を、少しでもたくさんの友達と過ごしたかったのか。

 その思いに気付いてあげられなかった私。

「しつこいなー。」

という言葉しかかけてあげられなかった自分が情けなかった。

 翌日、Aちゃんを呼び出した。

「席替えしたかったのは、一人でも多くの友達と一緒に過ごしたかったからなの?」

聞くと、泣きながらうなずいた。

「気づいてあげられなくてごめんね。」

とあやまった。

 その後、その子の転校についてクラスのみんなに伝えた。Aちゃんからも話をしてもらった。

「みんなと一緒に修学旅行に行きたかった。みんなと、一緒に卒業したかった。」

涙ながらに話した。

 休み時間。泣いているAちゃんの周りに、友達が集まった。周りの子も一緒に泣いていた。父親の異動による転校というどうしようもできない現実に、かけてあげる言葉なんてないのだ。一緒に涙を流すということが、子どもたちが今できる最高の思いやりなのだと思った。

「席替えしましょう。席替え。」

みんなと過ごすことを何よりも大切にしていたAちゃんだったからこそ、みんなからも大切にされていたのだとわかった。

 何気ない日常の中に、数多くかわされる子どもたちとのやりとり。その中に、私たちが見落としてはいけない大切なメッセージが隠れていることがある。その言葉に気付ける人間としての感性を、教師は大切にしなければならないと思った。

                                                   三浦健太朗

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