蜘蛛と生活
◆
虫は苦手だが、蜘蛛は勝手に味方だと思っている。
天井に少し大きめの蜘蛛が張りついていた。夜、ふとんに寝転んだ瞬間にふと視界に入ったその存在を、私はどうする気にもならず、電気を消して目を閉じた。選んだのはささやかな共存。互いに無用な干渉はよそうねと思いながら。
翌朝、目を開けると蜘蛛はまだ天井にいた。しかし昨夜とは少しばかりちがう位置だ。おはようと言ってみる。当たり前だが返事はない。ごはんを食べて身支度を整えて仕事に行く。行ってきますと言ってみる。当たり前だが特に反応はない。
仕事を終えて帰宅した夜、ただいまと言ってみる。だが、蜘蛛はもうどこにもいなかった。家の中に入ってこられたということは、つまり出ていくこともできる。たぶんこの家は、蜘蛛にとっては良い環境じゃなかったのだろう。
それが少し寂しかった。
昔から虫はどうにも苦手だ。家の中に入って来ようものならすぐ血眼になって追い出そうとする。でも蜘蛛にだけは寛容でいられた。決して触れるわけではないが、敵視するほどではない。なぜなのだろうかと考えてみる。思い出したのは実家だった。
実家は古い平屋の一軒家で、自然に囲まれている。隣は畑、裏には小さな沢、そしてトトロが傍らに立っていそうな大きな木。だから当然生き物もたくさんいた。夏の夜はカエルの鳴き声が響く。キジが畑を闊歩していたのを見たこともある。秋には毎日コオロギが家の中に侵入してきたし、家の外壁はいつも蜘蛛の巣だらけだった。
不思議なことに、父も母もその蜘蛛の巣を払おうとはしなかった。払ったところでまた作られるのがオチだと諦めていたのか。父が「これは共存だ」と言っていたような気もする。
夏の夕方、ヒグラシの鳴き声を聴きながら、ときどき吹き込む風に涼む。網戸の外に、手のひらほどもあるでっかい蜘蛛が巣を張っている。その蜘蛛が巣に引っかかった白い蝶に脚をのばす。
人間は蝶をかわいそうだと思って巣から助け出すこともあろうが、そのおこないはむしろ蜘蛛にとってかわいそうなのではないか。その蝶に対する「かわいそう」は、愛ゆえの慈悲ではなく、救いの神をきどったエゴにすぎないのではないか。
そんなことを考えているあいだに日が沈む。台所からいい匂いがしてきたと思えば、父が仕事から帰ってくる。
私が蜘蛛に対して寛容でいられるのは、きっと子どもの頃に蜘蛛を敵視する人が身近にいなかったからだろう。良くも悪くも、家庭環境はその人間の根幹にある意識や思想の基盤となるものだ。
まぁでも、実家で見たあのでっかい蜘蛛が今の家の天井にいたら、さすがに怖いけど。
あの蜘蛛が天井からいなくなってしばらくした頃。自転車で駅まで向かう。そして駅前の駐輪場に自転車を置いたとき、そこで初めてかごに蜘蛛の巣が張っていることに気がついた。そこにはとても小さな蜘蛛がいる。なんで家では気づかなかったのだろう。ここに着くまで、蜘蛛は「急な強風だ」とびっくりしていただろうか。
まぁいいやと思い、何もかもそのままにして駅に向かった。きっと蜘蛛は、私よりもはるかに自由で、はるかに強い。
*
*
【お知らせ】折本を配布中です
ここまでお読みいただきありがとうございました。ただいまコンビニのマルチコピー機の「ネットワークプリント」を使い、このエッセイを写真もつけて折本として配布しています。
折本とは?
一枚の紙をカンタンに折りたたんで作る本のこと。今回はA4サイズの紙の表面だけに全ページを印刷し、皆さんの手でちょっと切り折りしていただくだけで小さな冊子が完成します。
ネットワークプリントの利用方法
お近くのコンビニにあるマルチコピー機をご利用ください。A4サイズのカラー片面印刷で1枚60円(こちらは印刷代で、私の収益にはなりません)。フチ・余白・ちょっと小さめ設定は「なし」推奨です。
配布期限が一週間程度となっているので、ご希望の方はお早めに!
◇セブンイレブン
予約番号:67035208
(2023/06/07 23:59まで)
利用法はこちら↓
◇ローソン・ファミリーマート
ユーザー番号:HLWB99BJW5
(2023/06/08 14時頃まで)
利用法はこちら↓
折り方
一か所だけカッターで切れ込みをいれる必要アリです。
*
巻末付録:ちょこっと月報
五月になると、決まってバラを見に行く。バラ園に力を入れている公園がわりと近くにあって、ここで毎年写真を撮っている。今年は行こうと決めていた日がよりにもよって猛暑だった。
体がまだ暑さに慣れていないこともあり、すぐにバテバテになってしまった。帰りにちょっと寄り道してケーキでも買って帰ろうと計画していたのだが、それどころではなく、熱中症になりかけて即退散。アラサーになってから無理もできなくなりつつある。
「初夏」がどんどん短くなっている気がする。「桜散ったね!ハイじゃあここから夏で~~~す!」といきなりスイッチを切り替えているのだろうか。世界よ勘弁してはくれないか。
去年着そびれたブラウスを今年も着そびれたまま、暑い季節を迎えてしまいそうだ。
ここ数か月、職場の人間関係が変わりつつある中で、他者の変化を目の当たりにしている。
「その人がどうふるまうか」は、「その人が周囲に対してどう思っているか」の現れである。たとえば、誰かを恐れていればおとなしくなるし、誰よりも自分が優位だと思えば強気になる。
わかりやすく調子に乗り始めた人を見て腹が立ったが、一方でこんなにわかりやすい人もあったものかと興味深くもある。その人が誰を恐れていたのか手に取るようにわかり、そしてまた自分はその人にナメられている側なのだなとも理解する。
おもしろいね。
私もまた周囲から見れば変わったのだろうか。仲良くできた人がほとんどいなくなってしまったので、以前に比べれば静かになったのだろうか。いや、そもそもが人脈を広げようと動くタイプではないから、通常モードに戻ったと言ったほうが正しいかもしれない。
今月の一曲
麒麟・川島明 / where are you
お笑い芸人の歌と侮るなかれ、神田沙也加さんが書いた詞もすごく良い
良いんですか?ではありがたく頂戴いたします。