3分の白昼夢/ルール違反のない町
工場町にある酒場は、仕事帰りの男たちでいつも溢れかえっていた。
しかし、彼らは何も語らない。
訥々と酒を煽り、そして、また明日と言わんばかりに片手だけを上げて去っていく。
その中で、ひと際、異端の影を背負っている男がいた。
髪を丁寧に撫でつけ、仕立ての弱いスーツを毎日着ているのだ。
彼は新聞の一面が賑わった日から、命からがら流れ着いた漂流者のように、この酒場に現れた。
幸い「一期一会」という言葉の意味を、誰よりも理解していた。
だからこそ、ここに受け入れられた。
きっと明日も、同じスーツで現れるだろう。
この町が、聾の人々にとって優しい楽園だということに、永久に気づくこともなく。
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