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また、ひとり日本の素晴らしい美術工芸家がこの世を去られた・・・

昨夜、尊敬する漆芸家の小島雄四郎先生の亡くなられたことを知りました。
本当に残念でなりません。人の世は会者定離・・・必ず別れはやって来ますが、尊敬できて話の通じる人が去られることは、やはり寂しく悲しいの言葉に尽きます。

先生のご冥福を祈りつつ、先生のことを思い数年前に書いたコラムを再度掲載させて頂きます・
以下、ご一読頂ければ幸いです。

「儒者の如き…美術工芸家」

先日、銀座のデパートの美術企画で、数年ぶりに敬愛する漆芸家・小島雄四郎先生に再会致しました。
 以前お会いしたときは、中々ゆっくりお話が出来なかったのですが、今回は先生の美術工芸家になられた経緯や、これまでの人生哲学などをお伺いすることが出来、私にとって本当に意義のある時間を過ごさせて頂きました。

 私は、美術工芸品販売の世界に身を置いておりますが、厳しながらも、この仕事を何とか続けている理由のひとつに・・・「ものづくりの人」が真剣に物と対話をする中から生まれる、次元の違う高潔さとも呼べる人格に・・・時に、触れることが出来るからなのかも知れません。

 漆芸家・小島雄四郎先生は、大学を卒業後、有名大手銀行に就職されたのですが、「ここは自分の生きて行く場所ではない」と思い悩まれたそうです。そして、25歳の時、意を決し、人間国宝の黒田辰秋氏の門をたたき、美術工芸の世界へ身を投じます。
 これは、あくまでも私の想像ですが、お話をしていたら、先生は美術の世界に憧れたというよりは、ご自分の生きる道を求めるために、この世界へ入られたような気がしてなりません。

 以前から先生の作品には、一種の祈りのようなものを感じます。そこには強い芸術家としての自己主張は感じられず、作品からは、外へ自己を主張するのではなく、内へ「自己を織り込んで行く」ような、そんな印象を私は受けます。

 展示された螺鈿の作品を、会期中に時間を掛けて拝見していたら、先生は笑みを浮かべながら「そんなに、あらを探さないでください」と静かに、優しく囁かれました。本当に優しいお人柄です。

 実は私には昔から悪い癖があって、相手に興味を抱いてしまうと、すぐに「愛読書は何ですか?・・・尊敬する人物は誰ですか?」と不躾な質問をしてしまうのですが、ただ、印象から相手に好意を抱いている場合は、私の想像とそう遠くない答えが必ず返ってきます。
 先生にも、ご無礼を承知でお尋ねすると、「そうですね・・・鈴木大拙先生や西田幾多郎先生の著書は欠かさず枕元には置いてあります・・・尊敬する人物は・・・近江聖人ですかね・・・」

(因みに、鈴木大拙氏は欧米に仏教や禅を伝えた有名な仏教学者…西田幾多郎氏は近代の日本哲学を確立した人物…近江聖人とは、江戸初期の儒学者・中江藤樹のことで、日本の陽明学の祖と云われる人物…陽明学は、朱子学と違い人間の平等を説く儒学です。)

 やはり、想像していた通りのお答えが返ってきました。

「人物の香気は、日々の思考から醸し出されるもの」・・・と思っている私の感覚は、間違っていなかったようです。

 ただ先生の物腰や話し方からは、私の知る禅僧やストイックな哲学者のような強い空気は感じられず、イメージとして儒者のような一種の人格の静寂さとでも、表現したら良いのでしょうか・・・そんな印象を私は受けました。それは私にとって、とても心安らぐ新鮮なものです。
 デパートでの販売は、美術展示でありながら売上との一種真剣勝負の場なのですが、先生の作品に囲まれて、お話をしていたら銀座のど真ん中である事を忘れ、静かに癒されて行く場と化してしまいました。


 私は、先生の作品の中でも、基督教儀式で使われた螺鈿細工の聖餅箱(せいへいばこ)に強く心惹かれます。おそらく、人の祈りという意味を知っているからこその作品だと、私は想像しています。
 先生が特定の信仰を持っているかどうかは存じ上げませんが、それは、普遍的な人間の祈りという意味を知っておられるのでしょう。

 その聖餅箱を見詰めていたら、「作品と人物が溶け合っている」・・・そう感じました。 それが、本当の意味で日本の美術工芸品の面白さであり、また価値だと私は思っております。
 今回、先生とお話をさせて頂き、ゆっくり作品を拝見して、その事を改めて強く感じました。

 そして、少し仕事の道に悩んでいる私に、先生はこんな事も仰って下さいました。
「近藤さん…どんな仕事をしていても、自分の人生の哲学をちゃんと持っている人が最後には必ず勝ちますよ…苦しくても、信じて頑張って下さい。・・・私もそう信じて生きています。」

 優しい口調の中にも、長年、真剣に自己と仕事を見詰め続けてきた人のみの、言葉の強さを感じました。そして、私自身、その言葉に救われる思いが致しました。

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