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あるユーチューバーの逮捕

 昨日Twitterに人気ユーチューバーが逮捕されたというニュースが流れてきて、何やったんだと思ったらYouTubeではなくアダルトサイトでわいせつ動画を配信したという容疑だった。

 この人前にYouTubeでストレッチか何かの動画で見たことがあって、マスクで顔の下半分が隠れてたが、さずがに逮捕後の移送中を映した報道映像ではマスクはしてなくて(しちゃいけないのかな)素顔についてもいろいろ言われていたようだ。彼女はアダルトサイトの配信で7千万円以上稼いでいたようで、そんな儲かるものなんだと思ってしまった。

 それで、彼女の逮捕容疑は「公然わいせつ」ということだったが、疑問点が幾つかあったのでちょっと調べてみた。私は法律に関しては素人だしネットで少し調べただけなので(主にWikipedia先生である)、ご指摘等あればコメント欄にお願いしたい。

刑法第174条
公然とわいせつな行為をした者は、6ヶ月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 こちらが公然わいせつ罪の条文である。「公然と」「わいせつな行為を」すると公然わいせつ罪に問われる。例えば、路上で裸を見せつけるとか。有名なところだと、もう解散した国民的アイドルグループのメンバーが泥酔して公園で裸になった事件がある(彼は起訴猶予処分になった)。「わいせつ」については「刑法第174条の『わいせつ』について、判例は『徒に性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に反するもの』とされる(大判大正7年6月10日新聞1443号22頁、最判昭和26年5月10日刑集5巻6号1026頁)」と説明されている。

 まず1つ目の疑問、アダルトサイトで有料配信することは「公然と」に当たるのかである。視聴者からお金をもらっていたということは逆に言えばお金を払わないと見られない状態であり、それを見る人はお金を払ってでも見たい人たちだけである。他のアダルトコンテンツと変わらないのでは?と思ってしまう(配信ということで生中継だったのだろうが、公然わいせつ罪の次の175条は「わいせつ物頒布等の罪」であり、中継であれ録画であれ猥褻な行為を見せるのは罪になるはずである)。

 Wikiopediaには「公然と」の解釈の判例が載せられており、それによると「『公然』とは不特定または多数人が認識しうる状態を指す(最決昭和32年5月22日刑集11巻5号1526頁)」とある。さらに「ストリップ劇場のように密閉した空間で特定の客を相手になされたものである場合であっても、客は不特定多数の人から勧誘された結果であるので、公然性の要件を満たす(最決昭和31年3月6日裁集刑112号601頁)」「インターネット上に、わいせつな動画等をアップロードする行為はわいせつ物頒布等の罪を構成するが、リアルタイムのわいせつなショーを不特定多数のインターネット利用者に閲覧させる行為は、公然わいせつ罪を構成する(岡山地方裁判所平成12年6月30日判決)」とある。

 要するに、「公然と」というのは、路上で裸を見せつける行為のような、相手を選ばず不特定多数に向けてなされるもののみならず、不特定多数が入ろうと思えば(お金を払うなどして)入ってこられる場所で見せることも含むという解釈がなされているようだ。不特定多数やその一部に見られることがわかっている状態、あるいは見られることを意図・容認している状態で猥褻な行為を行うと公然わいせつ罪に該当するようである。

 今回の行為はお金を払った人限定とはいえ不特定多数のインターネットユーザーが見られる場所で猥褻な行為を配信したため、公然わいせつの容疑がかかったということだろう。既にインターネット上での猥褻な動画の配信に対する判決もあるようだ。

 ……ということは、現在流通しているアダルトコンテンツは少なくとも警察が動くほどの猥褻なものとは見做されていない?ま、まあモザイクかかってたら何やってるかわからないからなぁー(棒)。


 そして2つ目の疑問、今回の行為は裁き罰を与えるべき「犯罪」なのだろうか?配信者は自分の意思で猥褻な動画を配信し、見た人は自分の意思でお金を払って見ている。配信者は誰に強制されたわけでもないし、露出狂とは違い猥褻な行為を見せられて不快な思いをした人がいるわけでもない。配信者と視聴者は画面で隔てられており、他の犯罪に発展する危険も少ないだろう(配信の秘密をばらまくと脅迫されるとか考えられなくはないが、ばれたところで生活には困らなさそうである)。配信に使ったサイトの規約には違反していたかもしれないが、数千万稼いでいることからするとサイトの運営者も彼女の配信を容認あるいは黙認していたのではないかと思われる(運営側も儲かっているはずだ)。今回の事件では直接被害を受けた人はいないように見える(彼女が数千万という稼ぎから然るべき税金を払っていたかは気になるが、それは何で稼いでも同じである)。

 これに関してはWikipediaには、「公然わいせつ罪及びわいせつ物頒布罪の保護法益は社会的法益である善良な風俗である。」と解説されている。特に明確な被害者がいなくても、社会秩序に悪影響をもたらすため取り締まりの対象とするということであろうか。

 このような「被害者のいない(ように見える)犯罪」には「被害者なき犯罪」という名前がついており、今回のようなポルノの他には売春、賭博、違法薬物、違法な武器の所持、堕胎、自殺、不法移民などがWikipediaには挙げられていた。これらは直接の被害者はいなくても社会秩序を乱すという理由で犯罪とされているが、個人の自由を広く認める立場や禁止するとかえって反社会勢力の温床になる(アメリカの禁酒法のように)という理由で、論者によってどれを対象とするかは違えど「被害者なき犯罪」は犯罪とすべきでないという意見も当然ある。

 確かにここに例示されたものは直接の被害者がいない(ように見える)行為だが、社会への影響がないわけではなさそうだ。これらの行為によって社会秩序が乱されればそこで生活する市民が不利益を被ることになり、直接の被害者がいないとしても法で取り締まることには合理性があると言えるだろう。これらの行為によりどれほど社会が悪影響を被るかが、法規制の線引きをする上でのポイントと言えそうだ。

 話を今回の事件に戻そう。「インターネットのアダルトサイトで猥褻な行為を有料配信する」ことが社会に与える悪影響は何かが問題となる。

 まずこの配信で不快な思いをするかだが、配信自体を見られるのはお金を払った人だけであるので、お金を払ったけど期待外れだったという人ならともかく、強制的に猥褻な行為を見せられて不快に思った人はいないはずである。となるとこのような配信が存在すること自体を不快に思うかの問題になるが、何であれ不快に思う人はいるのでありそれで禁止というのは非現実的だ。タバコが嫌いな人もパチンコが嫌いな人も沢山いるし、これらのほうが社会的な害は大きそうな気さえするが、不快というだけでは禁止できないだろう。嫌いな人は近づかないでくださいという話である。

 では他の点で問題はないか。挙げるとすれば、自分の性的価値を売ることによって簡単に大金を手にできることで、その人の人生が狂いかねないとかであろうか。性的な魅力をアピールして稼ぐというのは稼ぐ効率はいいが、いつまでも続けられる仕事ではない。若い時に「部相応な」大金を手にして金銭感覚が狂ってしまうと、その後そういう仕事で儲けられなくなったときに地道に働いて生活するのが困難になるというのはあると思われる。

 しかし若さを生かして稼ぐ職業は他にもある。アイドルとかスポーツ選手とか。引退後もその業界や違う職種で活躍する人はいるが、やはり若い時にちやほやされて持ち上げられる分、その後の人生は問題となる。今回の事件に近いところではアダルトコンテンツの演者、あるいは最近の流行りでは「パパ活」というのもある。どちらも性的魅力でお金を稼いでいることに変わりはない。そういう中で今回の彼女が逮捕に至ったのは、限度を超えた稼ぎ方をしたということであろうか(パパ活もやばそうだけど)。

 あるいは今回の彼女のような行為を認めてしまうと、同じような稼ぎ方を目論む若者が模倣してしまうという懸念も考えられる。確かにユーチューバーが有名になりだしたころにユーチューバーに憧れる若者が大量発生したし、そういう真似をする人は現れそうである。しかもユーチューバーならともかく猥褻動画配信はリスクが高いと思われる。インターネットに出したもの、特にポルノ関係は拡散すれば回収・消去は事実上不可能であり、その後の社会生活への影響や脅迫の危険性も出てくるだろう。そういうことを考えれば、ハードルがそう高くない猥褻動画配信に手を出すことを抑制するためにはある意味警告・見せしめ的な意味も持たせて彼女を逮捕するというのも効果的かもしれない(個人的にはこれが一番納得できる「悪影響」である、それなら他に逮捕されるべき人もいるだろうが悪質性の問題であろうか、それとも報道されていないだけか)。

 あとは…風紀を乱したということだろうか。しかしものすごく抽象的である。YouTubeでやってるならまだしもわざわざそのサイトまで行ってお金を払ってしか見れない一個人の配信にそんな力があるとは思えない。モザイクをちゃんとかけてればよかったんだろうか(視聴してないのでどこまで見えてたかは知らないが)?だいたいそれなら他のアダルトコンテンツや性的サービス業はどうなんだ。釣り人は魚を全ては釣らないという話なんだろうか。

「わいせつ」という概念自体がその時代によって変わる概念である以上、どこまで取り締まりの対象とするかの判断は難しいものにならざるをえない。性的なものを完全に排除するのは不可能だろうし、人によっても感覚が大きく異なる分野だろう。さらには今回の事件では関係しないかもしれないが「わいせつ」の概念はしばしば「表現の自由」と衝突するものであり(『チャタレイ夫人の恋人』事件は現代社会でお馴染み)、社会の大勢が不快感を覚えたからといってそれだけを根拠に取り締まるのは望ましくないであろう。

 私が考えたところではこんな感じだったが、他に今回問題となった行為が社会にもたらす悪影響があればコメント欄にお寄せいただきたい。

 冒頭のリンクのニュースによると、「このサイトをめぐっては、同様の動画に関する情報が昨年だけで850件以上寄せられている」そうで、わざわざ通報する人もたくさんいるんだなあと思った。社会の風紀を守りたいという強い正義感をもつ人たちだろうか。一方で客を取り合う関係にある他のアダルトコンテンツ制作・販売者にとっても今回の逮捕はありがたいかもしれない。


 長くなったのでまとめると、

・お金を払ってしか見れない配信でも、不特定多数が視聴可能なものであれば「公然わいせつ」に問われる(判例がある)
・誰も直接被害を受けていないように見える行為でも犯罪に問われることがある(「被害者なき犯罪」、犯罪とすべきでないという意見もある)
・今回の行為が社会にどういう悪影響を与えるのか、模倣の抑制など幾つか考えられるが、取り締まりの明確な基準を見出すのは難しそう
・現在流通するアダルトコンテンツは警察が動くほど猥褻なものとは見做されていない?(今回の逮捕は隠蔽処理の問題?)

 今回逮捕されたユーチューバーさん、今後どう活動するんだろうか(チャンネルBANとかされるのかな、でも某暴行ユーチューバーも活動休止とはいえチャンネルは残ってるし)。願わくば彼女にはせっかくの機会と捉えてもらって、裁判で何をもって犯罪とするのか明らかにしてほしいと思う。被害者もいないし、何か問題かもまだ曖昧だし。これ、無罪になったら大手を振って「猥褻動画配信」も続けられるし、警察としても逮捕に踏み切るのはそれなりの勝算があるんでしょうねえ。今後の展開がちょっと楽しみである。

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