見出し画像

強いゼロ

 インターネットのみなさんにはお馴染み、ストロングゼロ(正確にはそれを含む「-196℃」ブランド)が世界で最も売れているチューハイとしてギネス世界記録に認定されたそうだ。世も末な感じがする。

 ストロング系チューハイがどういう飲まれ方をしているのか、そもそもなぜそんなアルコール度数の強いチューハイが生まれたのかなどは、私が書くより上記のリンクを見てもらったほうがよいだろう。ここに引用した記事の筆者の精神科医は、度数は高いがジュース感覚で飲めてしまうアルコール飲料が若者の間にも広まってしまった事態に警鐘を鳴らしている。

 アルコールは煙草と並びゲートウェイドラッグと称されるが、ここまで「ドラッグ」然としたお酒もそうないような気がする。私はお酒に強くないしお酒の味も苦手なほうなので、今のところストロング系チューハイのお世話にならずに済んでいるが、私の周りでも好きな人が散見される。度数の割に飲みやすいということなので、私のような人でもはまりかねないのだろう。

 度数の高い安酒を、楽しむために飲むというより酔うために飲むといった様子からは、18世紀半ばのロンドンの様子を描いたホガースの「ジン横丁」を連想してしまう。産業革命下でロンドンのイーストエンドに形成された貧民街でジンが大流行する様子を描いた風刺画だ。確か世界史の教科書か資料集にも載っていたと思う。

 結局のところ、強い安酒が流行るのは、強い安酒を求める人が大勢いるからである。そういうものができてしまったというのは、財務省が相次いでビールや発泡酒など他の種類の酒税を引き上げたため、税率の安いチューハイにメーカーが目を付けたといった要因もある。しかしそれがギネスをとるほどに社会に普及したのは、ストロング系チューハイで気を紛らわせたい、ストレスを解消したい、気持ちよくなりたいといった需要が日本社会に大きかったからであろう。

 某いらすとやのイラストを使った、ストロング系チューハイを飲んだ男性の周りで様々な社会の不安要素がぼやけていく絵を見たこともある人も多いと思う。彼らの日々の辛さや先の見えなさに勝てたのは、9%のアルコールだった。彼らにとっては、飲みすぎで寿命が縮まることすらも、もはや福音のようなものかもしれない。

 今後、ストロング系チューハイのような度数は強いが低価格のアルコール飲料が国民の健康を阻害しているという懸念が強まれば、それらのお酒は規制されることになるかもしれない。近年の喫煙規制を見れば、不健康につながるものに対して世間がどう見なすかは想像がつく。もちろん規制には一定の効果があるだろう。しかし、ストロング系チューハイの需要の源に対処しない限り、また形を変えて手軽な「酩酊ツール」が出現するだけのように思える。

 では、健康を害さない「酩酊ツール」ができたら?

 ストロング系チューハイの問題は、それで手軽に気持ちよくなれるというよりは、それらを常飲することがアルコール依存症や他の疾患、あるいは暴力や自傷のような問題を引き起こすことである。そうであれば、気持ちよくなるだけで健康リスクや社会的リスクのない酩酊ツールならば何ら問題ないのではないか?

 考えられる反論としては、副作用のない酩酊ツールができたとして、それは結局誤魔化しに過ぎないというものが挙げられるだろう。確かにそれはその通りで、それによって日々の辛さや将来不安を紛らわしたところで、それらの問題は何ら解決を見ていない。社会の問題をほったらかしにして、酩酊物質でみんなして「あぁ~^」となっている社会というのは、相当に怖い。

 しかしながら、それらの問題が少なくとも一朝一夕には解決できないことも明らかである。その中で、現実に存在する辛さと向き合って生きていくことを強いられる人々に、酩酊に頼らずに問題と向き合えなんて言うのは非常に酷なことだろう。この先、福祉として、副作用をなるべく抑えた「きもちよくなるくすり」が公も参加して開発される可能性もあるのではないかと思っている。むしろ、問題を解決できない、あるいはする気がないのなら、そちらのほうが人道的ではとも思う。

 私は幸不幸は主観だと思っているので、最終的に脳が水槽に浮かぶような解決策になったとしても、それで本人がよいのならよいという立場である。この先ストロング系チューハイが規制されることになっても、需要がある限りはそれに代わる酩酊のための何かが出てくるであろう。その時に、金儲け目的で(ストロング系チューハイを開発した人たちは売れるものを真面目に作っただけなのだろうが)副作用の大きなものが世に出るよりは、ある程度政府がコントロールできるようなものである程度その需要を埋める形のほうがいいように思う。どうやってその需要を満たすか、私にいい考えがあるわけでもないので、これはただの理想論なのだが。

 最初のギネスの話に戻るが、様々な世界一を認定しているギネス世界記録という組織、起源はアイルランドのギネス醸造所である。ギネスビールを作っているところだ。本家のギネス醸造所は、極東の島国で人気を博しているこのお酒、飲んだらどう評価するだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?