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chatGPTをもっと教育に活用して良いのではないか?

chatGPTを教育にどのように活用していくのかは大きな議論になっているらしい。 政府や東京都が夏休みの宿題に使うなとか、慎重になりましょうなんて話がある。 そんなニュースを見ている最近、NewsPicksで、ひろゆき氏や脳科学者の茂木さん、「子ども4人が全員東大理Ⅲに合格したスーパーママ」佐藤亮子氏の討論番組がとても面白かった。

賛成派の主要な理由は、これから生成AIは確実に生活やビジネスに浸透してくる。だから、早めに触れた方がいい。 地域や親の収入などの教育格差を減らすことができるなどの理由だと思う。

反対派は、生成AIは必ずしも正解を出力するわけじゃないし、絵を描いたり詩を書いたりなどの創造的な活動も代替してしまうことで、子どもの機会が失われてしまう。また生成AIの子どもに対する影響もまだ分からないからやめておこうという感じだと思う。

NewsPicksの番組内の討論では、教育の目標がなんなのか、どのような状況を対象にしているかなどの前提条件が共有されていなかった。佐藤氏は子どもを東大に入学させるという現代日本内での1つの成功を前提に話をしていたし、茂木氏は東大に入学なんて世界的に見れば成功でもないというようなスタンスだったし、ひろゆき氏は教育の機会均等などを訴えておりそれぞれの主張が前提から少しずれていたと思う。

そんな番組を見ながら「そもそも教育が、大人が子どもに与えるものという発想が少しずれている」のかもしれないと思った。確実に子供のためになるもの(そもそもそんなものがあるのか?)を子どもに与える教育では、変化の激しい時代にどんどん遅れてしまう。というか、今現在正しいとされていることが本当に正しいのかさえ実は不安定だったりする。歴史も新たな発見で年号が変わることがあるし、科学の新しい発見で教科書が変わるなんてこともよくある。

生成AIのような社会の多くの人がいまだにその活用方法や限界について理解できていないものが突如誕生(実際にはかなりの時間研究されていたがそのことを一般人は知らないので突如に見える)し、それが急速に広まり社会が大きく変わっていく。 そんなことが起こる時代では、子どもへの影響をゆっくり検討していたら、2周も3周も遅れてしまう。そんな状況では大人も子どもも関係なく新しい学習対象に対して一緒に学んでいく姿勢が必要なのだと思う。 生成AIの子供への影響は分からないが、大人も子どもも関係なく生成AIとはなんなのか、何ができるのか、何をやらせると価値が最大化するのか、どこに限界があるのかを一緒に探していけばいい。大人の凝り固まった発想よりも、子どもの柔軟な発想の方が時には大きな気づきがあったりする。子どもの柔軟な発想や無鉄砲さと、大人の経験やリスク管理能力が一緒になることで、安全で創造的な学習を促すのだと思う。

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