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我が家の紅茶煮豚 #いちまいごはんコンテスト

――紅茶煮豚、用意して待ってます。
母からのメールの締めの一文はいつもこうだった。

「親ってなんであんなに食べものを送ってくるんだろう」
「わかる! うちも、実家からお米とか野菜とか、食べきれないくらいいっぱい送って来る」

大学時代、部活動の友人の会話を他人事のように聞いていた。私は大阪生まれ大阪育ち。社会人になってからもしばらくは実家暮らしで親のスネをかじりまくっていた。母は専業主婦だったため、家に帰るとごはんがあるのは当たり前。自分で料理をすることなんて年に1度あるかないか。“食材”が“ごはん”へと姿を変えていくその様子を見るのが好きで、しばしば台所に立つ母の横でその一連の流れを見ていたが、手伝った記憶はほとんどない。そしてできたご飯を毎日「おいしい!」と言いながら食べていた。今思えばとても贅沢で、恵まれた生活だった。

5年ほど前に実家を出たのだけれど、何かと理由をつけて実家に帰っていた。私にとって母は“母”であると同時になんでも話せる“友人”。電車に乗れば一時間もかからない距離だったため休日の昼間にお邪魔し、昼ごはんを作ってもらって食べて、弾丸トークを繰り広げ、気が済んだらうちに帰る。1~2カ月に1度、そんな休日を過ごしていた。

「じゃあそろそろ帰る準備する?」
母がこの言葉が発すると私は鞄から大きくて丈夫なエコバッグを取り出す。それが暗黙のルールになっていた。そして二人で冷蔵庫の前へ移動する。

「これ、持って帰り。これも持って帰り……」
冷蔵庫から出てくるのは季節の野菜や果物。ニンジン、じゃがいも、トマト、キウイ、梨……。エコバッグにどんどん食材が詰め込まれていく。食材シリーズが終わると続いて手作りシリーズ。焼菓子やジャム、山ほど作って冷凍していたお好み焼き……。

そして最後に出てくるのが紅茶煮豚だった。

実家にいるときは3~4カ月に1度、晩ごはんのおかずとして食卓に並んでいた紅茶煮豚。工程は大きく分けると二工程。煮込む、チャック付きポリ袋に入れて冷蔵庫で一晩寝かせる、たったこれだけ。切り分けてお皿に盛れば立派なおかずになる優れもの。味のバランスも絶妙で白米がすすむ一品だ。

おかずとしてはもちろん、小分けにして冷凍しておくも良し、1センチ角に切ってチャーハンに入れるも良し。アレンジ力も抜群で、我が家のごはんを様々な角度からサポートしてくれていたのがこの煮豚だった。

実家から帰宅したらまず、もらった食料を冷蔵庫に押し込め、紅茶煮豚を切り分けるのがルーティーン。刑事ドラマの証拠品のようにチャック付きポリ袋に入れられた紅茶煮豚。タレにしっとり浸かって気持ちよさそうにも見える。リラックスをしているところ、申し訳ないと思いながら袋を開封する。すると、甘辛いタレの香りがゆっくりと、しかし確実に私の周りを包み込んでいく。一晩、冷蔵庫の中で眠り、味が染み込んだ豚ブロックの塊を取り出し、左手で抑え、5mmほどの厚さを目指して慎重に包丁を入れていく。包丁を入れる度、肉汁なのかタレなのか判断がつかない汁がじわじわとあふれ出す。我慢しきれなくなって、途中で1~2枚つまんでしまうのも想定の範囲内。

「これ、簡単だからまた作り方、教えてあげるね」
紅茶煮豚を手渡すとき、母は必ず言ってくれた。しかし1~2カ月に1回は必ず手にすることができる紅茶煮豚は私にとってレアな食べ物でもなんでもなくいつでも食せる“あたりまえ”のごはんだったため、レシピを教えてもらうのをだらだらと先延ばしにしていた。そうしている間に母の病状が悪化し、作り方を教えてもらうことは叶わなくなってしまった。

母が他界してから1年半が経つ。心の整理はまだついていないけれど、私は意を決して実家へ行き、レシピが入っている戸棚を開けた。そこにあったのは2冊の料理本といくつものクリアファイル。内容を確かめていくと食べ覚えのある料理ばかりで、付箋が貼られているものや母の字でポイントが加筆されているものも沢山あった。そして、ある1つのクリアファイルを手に取ったとき、中から紙が一枚、はらりと落ちた。

【紅茶煮豚】

紙の右上に貼られた黄色い付箋にはそう書かれていた。インターネットから印刷されたそのレシピの真ん中には手書きで二重丸が書き込まれていた。「文句なしに美味しい」のしるしだろう。手に取ってみると普通の紙よりも少し柔らかい。何度も手に取った結果、紙がくたびれた証拠だ。

私は持っていたクリアファイルにそっと、そのレシピを入れた。

いつも母が前日から仕込んでくれた紅茶煮豚。いざ自分で作ってみて出来上がったそれを口にしたとき、どんな気持ちになるのだろう。上手く想像ができない。正直まだ少し怖い。だってレシピを探しに行くのに1年半もかかったのだから。しかし、いつか、作ってみようと思う。何度も食べて、味を覚えた私の舌に合格点をもらえるような美味しい美味しい紅茶煮豚を……。

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タダノヒトミさんのこちらの企画に参加させていただきました。

母の味を記事という形にするきっかけを下さり、ありがとうございました!

見出しの画像はイメージで、実際の紅茶煮豚ではありません。それこそ”あたりまえ”すぎて写真に撮っていませんでした。いつか自分で作ったものはしっかり写真におさめたいと思います。

いただいたサポートを糧に、更に大きくなれるよう日々精進いたします(*^^*)