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花冷(3/8改訂版)

今回は「花冷」(はなびえ)です。

まず、歳時記を引き、「花冷」を見てみます。晩春(清明・太陽暦ならば4月5日頃から、立夏・5月5日頃の前日)の時候の季語です。

1:歳時記から
角川大歳時記(2006年版):桜が咲き、もうすっかり春と思っていると、思いがけなく薄ら寒い日が戻ってきて驚くことがある。こんな寒さを花冷えとよぶ。

新歳時記:四月には寒さのぶりかえしはほとんどなくなるが、下旬まで、ときおり急に冷え込むことがある。桜の花が咲いている頃なので、花冷えという。(中略)花が咲いていなくとも四月頃の冷えを花冷えというが、花のころの気候を鋭くうつくしく捉えた季題

角川大歳時記では、花冷について「薄ら寒い」といっています。
「薄ら寒い」という表記を見たとき、秋の季語「漸寒(ややさむ)」、それの子季語に「うそ寒」というものがあり、これは漢字で書けば「薄寒」だったなぁ、と思い出しました。
歳時記を引けば「漸寒」について「何となく寒いと感じる」とあり、「薄寒」については、「より気持ちがこもる」とありますから、大歳時記の書き手は、驚きをもたらす、桜の咲いている頃の冷えと感じたのでしょうか。
一方で新歳時記では、文の初めに「寒さのぶりかえし」とありますが、それ以降は冷え込みに対して寒さを感じ驚く等の感情はなく、「花のころの気候を鋭くうつくしく捉えた」としています。

歳時記の違いによる記述の違い、これはどっちが良いか悪いかとかではなく、「花冷」について、詠み手は冷え込み寒くなったことに対して驚きなどの感情をこめてもいいだろうし、桜の花が咲くころの急な冷えを、美しく捉える機会(例えば、桜の花が咲くころの冷え込みを感じたとき、改めていつもの庭を見てみるなど)を設けて、使ってもいいのかもしれません。


2:「冷える」と「寒い」の違い
ちょっと立ち止まって考えてみます。
「冷える」と「寒い」ってどう違うのでしょうか。会話において「今日は冷えるね」ともいうし、「今日は寒いね」とも使う。冷えると寒いの違いとは何だろうかと、改めて押さえたくなりました。
広辞苑を引くと、「冷える」とは冷たくなることであり、気温が下がることを指します。「寒い」とは、気温が低いことによって感じる肌の刺激、とのこと。いわば、「寒い」が感覚が基準だとしたら、「冷える」は気温が下がる事象ありきなようです。

3:花冷えはなぜ起きる?
プレバトを視聴すると、時候の季語は映像を持たないと良く触れられます。しかし、花冷えについては(花が咲いてなくとも四月の寒さを指すともいいますが)「花が咲いているころの冷え」で、どうしても桜の花がちらつきます。となると、花冷えの前段に、桜の開花するほどの気候がある訳です。
花冷えを迎える前後を含めて、この時期の気候はどんなものでしょうか?

できるだけ簡単に理解したいと思った時、中学校の理科を思い出しました。中2だったかと思いましたが、日本の周りには大きな空気の塊(気団)が四つあると習います。気団ごとに、気温や水蒸気量はほぼ一定だそうです。

四つの気団は、
シベリア気団(日本の北西にあり、気温は低く乾燥している)、オホーツク気団(日本の北東にあり、気温は低く湿っている)、小笠原気団(日本の南にあり、気温は高く湿っている)、揚子江気団(日本の南西にあり、気温は高く乾燥している)。

季節によってこれらの気団の勢力が変わってきます。

花の季節の前段。まずは冬です。この頃はシベリア気団の勢力が強い。天気予報で「西高東低の気圧配置」というと日本の北西に高気圧があり、東側に低気圧があります。
時間が進むと、寒いシベリア気団のあるあたりに、地球の公転の影響で太陽の光が当たってくるようになり、暖められて、勢力が弱まってきます。
一方で、日本の南にある、夏をもたらす小笠原気団はまだ発達しきれてない時期なので、シベリア気団と小笠原気団の間に、「ちょっと通りますよ」という感じで揚子江気団生まれの高気圧が気流に乗って日本へやって来る時期、これが春となります。
揚子江生まれの高気圧が日本辺りを通っていくとき、これを追うように低気圧も来ます(今回は、高気圧が下降気流である限り、下降していく先として低気圧が伴われる、くらいの理解で良いかと)。
高気圧と低気圧が順番に来る。例えば、移動性高気圧によって日本列島が覆われ晴れ渡る→低気圧が来て、寒冷前線に冷えた空気が流れ込む→低気圧は日本付近で発達して東へ抜ける、西からは、また高気圧が来る。こうなると気圧配置的には一時的に西高東低の冬型の気圧配置となる→高気圧が日本に近づき、再び晴れる。
「春に三日の晴れなし」などとは言ったものです。
ただし、「花冷え」は晩春の季語なので、寒気の流れ込みがあっても「春寒」「冴返る」といった季語ほどは寒くはないのかと考えます。

三春並びに晩春の時候の季語を引用しながら書いてみると、桜の花の頃は、「暖か」な程よい気候があって、「長閑」さも感じ、時には睡魔に襲われる(「蛙の目借時」)、そんな気候の中「花時」を迎える。ここに周期的な天候の変化があって、「花曇り」「花の雨」がもたらされたり、前線の通過などで冷たい空気が流れ込むと、「花冷」が起きる。気圧配置によっては荒れた天候である「花嵐」、地方によって冷え込みがきつければ雪が降って「桜隠し」を見られるかもしれない。折角咲いた桜に雪が積もるのは陰惨な気持ちとなるが、見られない地方もあると思えばこれは貴重か、と思っているうち雪は止み、その2,3日後には「春暑し」といった日が来たりもする。寒暖差が大きい。

そんな時期なのかなぁ、と思っています。

4 桜のイメージがちらつく
さて、3で色んな季語に触れてみましたが、花冷えとは暖かで花時を迎えた時期の、急に冷え込む期間を指すと言えます。

冷え込みという気候を示す季語ながら、桜の花のイメージもついてくるのが、この季語の特徴と言えそうです。

桜が咲いているが、寒いと感じるくらい冷え込んでいるを思い浮かべてみます。あくまで、「私にとって」です。

桜の花の色は何色でしょうか。
子どもの絵なんかを見ると、桜の花はピンクで塗られたりもするけれど、私にとっては白い。というのも、天気予報で「桜の開花予想日」と取り上げられる「ソメイヨシノ」。高度経済成長期にかけて圧倒的に植えられた桜で、これの花ならばピンクより白に近いかもしれない。
一方で、ソメイヨシノが沢山植えられる前までの桜、遡れば万葉集で小野小町が「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに(長雨が降り続く間に、桜の花の色が褪せちゃったなぁ。むなしく物思いに耽っている間に、私も女としての魅力が褪せて、おばちゃんになってしまった……当然意訳です)。
この小野小町の歌の、花=桜の花って、ソメイヨシノ(江戸時代後期に「開発」された品種)ではありません。別な種、どうもカワヅザクラ辺りらしいとのこと。これは、ソメイヨシノに比べて鮮やかなピンクな種です。
別な場所では桜餅の葉っぱの材料にもなるオオシマザクラを思い浮かべる人もいるかもしれないし(ソメイヨシノより大輪の花となるし、より白いかもしれない)、自分が当たり前に見ていた桜が、実は「八重桜」と歳時記では桜と違う別な扱いになっているのに驚く方もいるかもしれない。ともあれ、品種によって随分色合いが違うのだなぁ、というのが率直な感想です。
次に、その桜は何分咲きでしょうか。
開花したばかりの桜、三分咲き、五分咲き、七分咲き、満開と画像を見比べたとき、私にとっては、花冷えとは七分咲き~満開の頃に訪れる気候と感じました。というのも、開花から五分咲きまでの画像を見ると、花よりもまだ枝の方が存在感があるなぁ、と感じたからです。また、桜が満開になるくらいまで暖かになったのに、急に冷え込んで「花冷」が訪れたとした方が、「冷え」のインパクトが強い気がしました。
目に見える天候としては冷たい風が強くなったり雨や雪が降るかもしれませんが、こうなってくると「花冷」以外の天文季語を使った方が良くなりそうです。

次に聴覚。
桜の花が咲いているときの音ですが、時期的には人々が移動しがちな時期です。桜そのものが立てる音については小さく枝が揺れる、花と花が擦れるなど、この辺りの小さな音があるかもしれません。一方、その周囲では、春を迎えて期待を膨らませる音の反対に、「冷え」を感じさせる音がしているかもしれません。この辺りは、適当な12音のフレーズを作って遊んでみた方がいいかもしれません。
例えば、ぱっと浮かんだ「テナーサックス響きたり」という12音。「花冷」+やを組み合わせ「花冷やテナーサックス響きたり」とした上で、他の季語を代入してみます。
「花時やテナーサックス響きたり」
「春深しテナーサックス響きたり」
「春暑しテナーサックス響きたり」
比較していくと、テナーサックスの音色はそれぞれ違って感じられるはずです(季語が違うことでの感じ方の違いについては、読んでくださってる方の思いも聞いてみたいところです)。こんな風に、比較して考えてみてもいいかもしれないですね。

嗅覚
気温が高いと、何らかの香りや匂い、あるいは臭いが立ちやすくなります。桜についてもそうで、ソメイヨシノあたりはあまり嗅覚的なイメージは持ちませんが、桜餅の葉の匂いがするとか、青臭いとか、品種による違いはあります。
ただ、匂いに特徴のある品種でも、「花冷」となれば、香りが抑えられるかもしれません。
代わりに、仄かな花の匂いに合わせて「急に冷えたからこその、なんらかの(清冽な)嗅覚刺激」があり得るかもしれない。

触覚と想像力、味覚については割愛しますが、「花冷」とは感覚器が勝手に動き出す要素を持った、しかしあくまで、時候の季語なのだと感じました。

5 雑談
今回、花冷えを調べるにあたって、休眠打破とか、暖冬による桜の開花時期の影響、400℃の法則など、気にかかる単語や記録はありましたが(実際、それらのことにいちいち触れたので筆が遅くなってました)、ばっさりとカットしました。

そんな中、楽しいかなと思ったのは600℃の法則。まず、理由はともあれ、2月1日を起点とします。この日から、定点xの最高気温を加算していく。この累計が600℃を迎えると桜が咲くという法則。誤差はあれども、大体は当たるようです。
毎日の地方ニュースやニュース内での天気予報を見ると、本日の最低気温と最高気温が報じられます。で、2月1日の最高気温から、毎日の値を足し算する、この程度で桜の開花予想ができるとあれば、なかなか面白いなぁ、と。

ところで、桜の開花予想(→桜開花・満開予想 2023 - 日本気象協会 tenki.jp)を見ると、俳句ポストの〆切(3月19日)までに開花が予想される地方は東京や愛媛などが該当しますが、そうでない地方の方が多く、今年の花冷えを実感として詠むのはちょっと厳しいか、仙台なんか4月1日だなと思っていたところ、ここ何十年かで桜の開花が早まっているよなと。自分が子どもの頃、桜の花の下で入学、卒業をした経験はなかった。そこから時を進めて大学生の新歓コンパの頃が桜の満開時期で、4月中旬から4月下旬が該当していた。4月1日開花では記憶の時期より早すぎる。

大体において晩春が4月5日から5月5日までだとしたら、3月下旬に満開を迎える地方ではもはや散り始めている頃ではなかろうか?

今回に限らず、歳時記に書かれている季語の時期、実際の気候がずれていることに気づくことがありましたが、今回もまた、以前とは気候が変わってきているのを振り返させられることとなった気がしました。

今後も、このような季語に出会うかもしれませんね。

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