雪女の考察

 仕事兼趣味で民俗学かじってるので、雪女に関して自説を述べます。

 結論から言うと、生殖能力がない者は社会から疎外されていたことの比喩ではないかと思われます。
 小屋で命を奪われた老人は当然、生殖能力はありません。また、雪山の凍える小屋で生き延びる為には体温を上げて維持することが必要で、正しくセックスができるからこそ、主人公は雪女(という女性と致したことで)生き延びることができた訳です。セックスができない者は疎外(死んでも)まぁ、仕方ないのかなと。こうした表現から、老いる事への価値観の片鱗を伺い知れますね。
 生殖能力という表現を冒頭で述べたことを振り返ってみましょう。
 単に気持ちよくなるだけなら、正直老いても不可能ではないと思います。
(もっとも、心臓が耐えられなくなると腹上死?になりますが)
 主人公は雪女と交わっただけでなく子供を設けていますよね。つまり、子供を作ったことである種の役割を果たしたとも言えます。そうなると、子孫を残すことだけを目的とするなら、もう用済みとも解釈出来るわけですね。
 子供を設ける為のセックスと、そうではないセックスにも恐らく明確な違いがあったのでしょう。民話には性に結びつけられる表現が少なくありませんが、単に性的な話として扱うのではなく、どのような性を表現しているかに目を向けることで、特異性を深堀りしていけるのでしょうか。

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