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柳ジョージさん

今日は、柳ジョージさんのご命日。もう9年目…。

いわゆる、【昔の名前で出ています】的なアーティスト人生がお嫌いで、常に先!!新しいサウンドを追求されていました。

ジョージさんとご一緒された、当時の若手アーティストさん方は皆、ジョージさんが「やりたいようにやって下さい。」と、とても自由に演奏させてくれた、と。

いかにもジョージさんらしいなと感じます。どうしても、昔からのファンの方々は、「レイニーウッドと、また演って!」ということが多かったように思いますが、それは、ジョージさんにとっては余り好ましく無いことのように感じました。レイニーウッドはレイニーウッドで、また別の道を、しっかりと進まれていましたし…。

晩年も若手の、自分が気に入ったバンドメンバー皆さんとのライブを、特にとても愉しまれていたように思います。

周囲からの熱いラブコールで、レイニーウッドとも何度か再結成ライブをされました。そちらも、もちろん素晴らしいものでしたが。

やはりハマっ子、(古きよきものも大事にしつつも)常に新しいものを追い求めてきたジョージさんらしい!!と改めて。

各所で使っている、この自分のハンドルネームは、ジョージさんからの名前で、mixi時代から使っております。

魂の父と感じられるほど、ジョージさんの音楽に傾倒し、常に聴いて育ちました。直撃世代ではありませんが、10歳の時にエアチェックで『フェンスの向こうのアメリカ』を聴いて以来、ずっと大切なアーティストさんです。

mixiコミュの管理人をした関係などから、様々なご縁を頂き、ジョージさん追悼のギターマガジンでは、資料提供した件で、やなぎ ちやとクレジットして頂く!という光栄過ぎることがあったり、盟友 増田俊郎さんからお声がけ頂いたり…。

そしていまも、ジョージさんからのご縁…その多彩で唯一無二な音楽や、ジョージさんのルーツ音楽などを聴いて育ったからこその耳のお蔭で、世代や国境、ジャンルなどを飛び越えた、様々な素晴らしい音楽を心底楽しみ、解することが出来て…本当に感謝しております。

そして、自分が自然に、特に好きになるアーティストさん方は、不思議と、やはり何処か…柳ジョージさんに重なるところが、濃厚に有ります。

ちょっと斜めだったり、俺が俺が!じゃなかったり、照れ屋さんだったり、大酒飲みだったり…。

悲しみや痛みに、そっと寄り添うような、唯一無二の素晴らしい音楽を聴かせて下さったり。

(お写真は、ネットからお借りしました。)

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