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カックン、コックン(詩)


現在発、過去行きの
標本箱の汽車に乗り
あの日あの時あの場所に
ぽつんと帰ったことがある

春愁の靄が漂うその先
おばあちゃんの影が見え
泡立つイビキが聞こえてきたので
「おばあちゃん」と声かけた

おばあちゃんは返事をしない
疲れて午後の眠りにおちて
カックン、コックン頭をゆらし
ときどき しんとかたまった

カックン、コックン 夢をみながら
おばあちゃんは手をうごかした
せっせと刺繍を縫う手つき
青い花を縫う手つき

カックン、コックン 夢をみながら
おばあちゃんは鼻歌うたった
昔コーラス隊だったとき
よく歌っていた古い曲

カックン、コックン 夢をみながら
おばあちゃんは「ふふふ」と笑った
照れ隠しの 控えめな
やわらかいあの声で

カックン、コックン 夢をみながら
おばあちゃんは何か口にした
ついに名前を呼んでくれたかと
期待し耳をすましたが
聞こえてきたのは間抜けなイビキ
それは疲れたわたしのイビキ

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