中学時代に「男女交際」した女の子に関する夢
自宅をカウンセリングルームにして、しかもSkypeを通した面接がほとんどで、食べ物は生協の宅配なので、私は普段、面接の時を除いては、自宅でのネットサーフィンか、ブログ書きか、NetflixかTSUTAYAディスカスの宅配使ってアニメ・実写映画見てるか、ゲーム「ウマ娘」やってるか、音楽聴いてるか、Apple Watchの催促で少し運動するか、寝てばかりの単調な生活である(読書によるインプットが少ないのは問題だ)。
友人は、コロナでなくとも、ネットを通しての関係が多いし。
これではまるでニートのような生活である(Skypeの前ではキチンとした身なりをしているが)。
その中で、新しい、私の「リアルな」経験についてのこのブログでの新たなエントリーは、意外にも、夢の内容と解釈である。夢はウソをつかないからね。
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私は中学生。学校に向かって、川沿いの堤防のようなところを生徒たちの群れと一緒に歩いている・・・いや、少し空も飛んでいるかな。
その中に、私が「男女交際」した女の子も混じっている。
しかし少し離れたところを先に進んでいるようだ。
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先取りすれば、現実世界では、その女子生徒は、一見地味だがすごい優等生で、同じバトミントン部に、テニス部から移籍してきた。バトミントン部には中体連の大会はないので、その時間は随分話し込んでいた。
私は実はいつも彼女とくっついている、すごい美人の彼女の親友の方が実は好きだったのだが、この二人がいる場面でふざけてばかりだった。
そして、その女子生徒・・・私が一応「男女交際」するに至った相手のほうね・・・は、「私たちは、今、青春時代を迎えようとしています」と文集に長文を掲載されるような、ちょっとマセたところがあったのだと思う。
よりによって彼女が選んだのが、私だったのだ。
夏休みに、暑中見舞いとして、長文の手紙をもらったりした。
「好きです」とかはっきり告白されたことはなかったが、実は別のクラスで、本来は禁止されている筈の、昼食時に自分のクラスの方に来て食べるように呼び込んだりして、結構噂になったものだ。
実は、彼女の方にお熱がある積極性に、私は当惑していたが、好かれて嫌なわけがない。
「交換日記しない?」と誘われ、それには、短期間だが、応じた。
あとは、彼女はピアノをたしなんでいたので、クラシックのカセットテープを貸してあげたりした。
学校外でデートしたことはなかったが、少しは「身体接触」はあった(キスまではしていない)。
ところが、私が家族と北海道に行って、ちょうど当時流行っていた、「愛の国」から「幸福」への切符を渡したあたりから、なんとなく疎遠になりはじめた。
それからしばらくして、彼女は、所属するブラスバンド部の、別の男子生徒に心を移して、片思いしているようだと、なんとなく察した。
それからは、学校がなぜか定期的に練習させるフォークダンスで、彼女との番が来ると、お互いの手に汗をかいているのを感じる、緊張した無言の関係になった。
彼女がバトミントンの試合で、ちょっと体調を崩した時も、私は遠くから見ているだけで、「大丈夫?」と声をかける勇気もなかった。
後で思えば、その時声をかけていれば、その後の展開は違ったものになったかもしれない。
私は1年生の頃は、模擬試験で2番になることもある優等生で、後に生徒会でも活躍するが、次第に勉強することの意味を見失い、成績は落ちていった。
3年生の夏休みなど、自由研究以外の宿題を全然しなくて、全科目の問題集白紙で提出し、担任には怒られるというより、心配され、他の優秀な生徒の宿題の山を無言で見せられるだけだった。
スイスの宗教家、カール・ヒルティの「幸福論」「眠られぬ夜のために」を愛読し、トルストイを全部文庫本で読むなど、中学生としては随分マセた読書に耽った。
宮沢賢治もよく読み、特に「銀河鉄道の夜」に登場する「かおる子」・・・タイタニック号で沈没した客のひとり・・・スブ濡れで、お付きの青年と弟とともに、ジョバンニとカルパネルラの乗った車内に忽然と現れる、と言ったら思い出される皆様もいるだろう・・・と彼女を重ね合わせて感傷に浸った。
そのせいか、国語の成績だけはむやみと高くて、何も勉強しなくても学年一のこともあった。担任に「どうして君は国語だけはデキるんだ!!」と怒られる始末。
私はいわゆる「教育大付属中学校」という、そこそこ地域でエリート校に通っていて、卒業生は、地域一の大学進学校(はっきり書いていいと思うが、明善高校です)に合格していたが、数少ない不合格者となり、福岡市の滑り止め高校(西南学院高校)に入り、楽々成績上位者になったが、もちろん彼女は進学校の方に合格した。
それから1年後、同窓会があった。彼女は体育館の大きな円陣の反対側に座っていたが、もちろん何も言葉を交わさなかったが、彼女の私服姿を見た唯一の機会である。
この時点では、彼女の風体は他の参加した女の子たちと変わりがなかったように思う。
その後更に一年近くたち、その進学校に合格した、友人だった男子と久々にたまたま電話する機会があった。
彼に、「○○さん、どうしてる?」と聴いてみると、彼は口ごもり、「彼女、よくない噂が多いみたい」とだけ答えてきた。
その後、高校からの帰り、西鉄久留米駅で偶然彼女と遭遇した。
驚いたのは、長い髪にウエーブをかけ、それじゃ校則違反では? というような別人だったことだ。
私はその風体に恐れをなしたことと、自分の入れた高校への劣等感もあり、ただ、深く会釈しただけで立ち去った。
その後5年ぐらいして、再び同窓会が開かれた。
バブルの盛り上がりつつある頃で、社会人なりたての大学生になった女子たちの化粧のケバさには辟易したが、彼女は出席していなかった。
でも不参加者のメッセージは寄せられており、彼女なんとスペイン留学していて「今も自分探しをしてます」みたいなことが書いてあった。
彼女の消息はそれっきりである。
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思わず、夢の話から、現実の自分史の話題にかかわってしまったが、このブログでここまで書いたのははじめてだろう。
彼女も私も、恋に恋する年頃だったのかもしれない。
それ以来、私の、オタクらしからぬ恋愛体質は抜けていない。
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・・・さて、夢の続きだが、実はそんなに内容はないのである。
夢の中では中学3年生の私は、彼女が、今私のことをどう思っているのか気になる。
でも彼女はフォークダンスの中で、さながら幻想の中を舞っているようだ。
私は、その日が8月25日であることを気にしはじめていた。
「全然夏休みの宿題やってない」
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・・・以上。
夢自体は、読んでいて拍子抜けしそうなコンテンツであるが、すでに書いたように、自分史の中のわたしと同様に、「宿題を全然やらないまま」なのは同じである。
私は、気持ちと身体の機能(瀑)は30代と感じる一方で、自分に残された時間があまりないのではないかと感じることもある。
少なくとも、施設に入っている99歳の母親がいつ死ぬのだろう、そうなったら私はどう生きるのか? ということに焦りを覚えている。
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