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変人よゆっくりと我に返れ、心配はいらないひとりじゃないぞ。

入荷してきた婦人靴を開封したら箱に「Genjumin」と書いてあり壁画ちっくなロゴマークが描かれていた。

…と、記憶する。
十代最後ちょっとだけ靴屋でバイトをしていた30年前、朝に大量入荷した靴の開封作業をしていたら、婦人靴のネーミングとロゴマークに心を奪われた。
書かれてあるローマ字を声に出して読む「げ~ん、じゅ~、みん…」
私は婦人靴コーナーを担当しているパートの橋本(仮名)さんを呼んだ。

「はしもっさ~ん!」
婦人靴担当の橋本さんに子供靴担当の私が最新入荷の婦人靴の箱を見せて訴える。
「見てくださいよこの靴」
「今ちょっとそれ置けないわ、スペース作るから待って」
「そうじゃなくて。この靴の名前、原住民ですよ」
「う、…うん。」
「知ってるんですか?このロゴマークも?」
「知らないよ」
「え…初めて見てその反応なんですか?」
「え…どういう反応して欲しいの?」
婦人靴担当の橋本さん、まさかの無反応。

子供靴ならいざ知らず婦人靴のネーミングで「原住民」がよくも通ったなと思って。
売れるかなァ…原住民…売れ残ったら返送作業の箱作りが手間かかるのに。

それからはしばらく原住民シリーズの入荷が続いたので、その度に私は橋本さんを呼んだ。
「はしもっさ~ん!すいません6番入りま~す!」
1番休憩、2番メシ、3番5番が便所の小と大である。
「6番てあったっけ?」
「6番、原住民です。私これから原住民に集中しますんでレジお願いしてもいいですか」
原住民という隠語まで作って私がしている作業は、箱の原住民のロゴマークを切り取って集める作業である。

穴をあけて糸を通しキーホルダーにしたり、両面テープを貼ってシールにしたり、原住民オリジナルグッズを手作りしていたら、しみじみと橋本さんがこんなことを言い出した。

「昔いたバイトの若い女の子がちょっと変わったコでさぁ…鼻クソを食べるコだったんだけどアンタに会わせてあげたいわ~」
橋本さんのお見立てでは、鼻クソを食べる少女と原住民のネーミングが刺さる少女は気が合うと見積もられているようだ。

「それは…鼻クソが好物で、てことですか?」
「そうみたい。どんな状態の鼻クソがおいしいとかね、そういうことを真剣に言って来るのよ、フザけてるとかじゃなくて真面目に語ってくるの、共感できないんだけど」
「私も共感できませんけどね、それ」

橋本さんの話では、少女の鼻クソ食は四六時中なのだそうだ。
ちょっと目を離すと食べてしまうし、お客さんの前でも、接客中でも油断すると食べてしまうので、橋本さんは少女に「ほらまた!」と日に何回も注意していたそうな。

「止められない、ていうより無意識なの。休憩室に入ったらやっていい、売り場に出てる時はダメ、て言ったら休憩室から出て来なくなっちゃうから、売り場でやってるのを注意するしかなくてね」
レジ接客をさせることも考えが、万に一つの隙をついて悪い癖が出ようものならお客さんが嫌がるだろうからという店長との話し合いの結果売り場に立たせるも、しょっちゅう食べてしまう。

「だから『こら!また!ダメ!』て注意するんだけどさ、そのコ、ハッ!て我に返ってニタ~てすんの毎回。食べてる時はどっかイっちゃてるんだよね、違う世界に。ソコがアンタと同じなのよ~会わせてあげたいわ~」
「私、異次元にいます?」
「あのコほどじゃないけどね、でも私とは世界が違うんだろうな、て。」
置いてかないで…橋本さん。

それまでの人生で私の周りには四六時中鼻クソを食べる人物がいなかったのか私が注視していなかったのか、どっちにしろとにかくそれからの私は「鼻クソを食べる人」に注目するようになった。

多くはないが世の中には、人前で鼻クソを食べる人がいる。
そして橋本さんが言ったように、鼻クソを食べている時、異次元にいるのだ。

そして先日、ひさしぶりに鼻クソ食の人を発見した。
その人をじっと見ていたので目が合ったが、やはり橋本さんが言った通り違う世界にいた。
しかしこれまでと違ったのは、その人が我に返る瞬間に立ち合ったことである。
パン売り場の前で立ち止まって異世界にいたその人は、ゆ~~~っくりと我に返り何事もなかったように歩き始めた。

橋本さんが注意するとハッと我に返りニタ~とした彼女は、勤務中だったから橋本さんによって強制的に我に返らされていたが、私が見た人は自分で我に返っていた。
そして思ったのである「何かしら違う世界にイっても自力で戻れるならいんじゃねぇか」と。

多様性が全く浸透していなかった30年前、40代くらいだった橋本さんは、保守的・閉鎖的な傾向にあるド田舎の宮崎で、違う世界にイっちゃう少女ふたりを「会わせてあげたい」と思う進歩的な人だった。
私が6番に入ると決まってひとりじゃないから安心せよとばかりに鼻クソの少女の思い出話をして、こう〆た。
「本当におもしろいコだったのよ~アンタに会わせてあげたいわ~」

橋本さんのような年齢のおばちゃんになった、かつて変人少女だった私が言おう、変人たちよゆっくりと我に返れ。
大丈夫だひとりじゃない、異次元にイって自力で戻れ。

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