見出し画像

ただの赤い布は人の興味を引けるみたい

なんか赤いの干してるん、ウチ?」
「ウチ」
「何アレ?」
「ん~…赤い布やね」
「わ~っとるわいっ!何のための赤い布やねんってき~とんねんっ!」
夫、私の赤い布の用途の説明が中途半端なコトにキレる。
「何のため…何のため、ねぇ…現段階では『ただの赤い布』としか説明出来ないねぇ…」
「あっそ。お前とはハナシにならんな」
「しようと思えば出来るで?詳しく説明すると3時間くらいかかるけど、聞く?」
「聞かん!」
ほれみたことか。
ソッチに合わしての回答やっちゅーの。

「なぁ…ちょっと前になんか赤いの干しとった?」
「干しとったで」
「何アレ?」
「…赤い布やね」
「だ・か・らっ!その赤い布が何やねんってき~とんねんっ!」
今度は長男が、私の赤い布の説明にキレる。
「現段階では『ただの赤い布』としか説明出来ない。今後どうなるかを詳しく3時間で説明出来るけど、どうするよ?アンタ聞くわけ?どうせ聞かんのやろ?…ったく…なんやねんな…むーもチョモも赤い布に反応しやがってよ…毎日やってる洗濯物なんかひとっつも気にかけへんクセによぉ…赤い布の正体なんかより昨日洗濯してやったドロドロのジャージに感謝の意を示せコノヤロー」
「ちゃうねん・ちゃうねん。オレは赤い布なんか知らんねけど、チィが聞くねんやん『チョモん家のベランダに干してた赤い布ってアレ何?』て」
「チィに直接3時間みっちり聞きに来るようにゆぅとき、説明するから」

「だいぶ前の話やけどウマさんちの近所を散歩しててサ~もしかしてベランダに赤い布干してた?」
「あ~干してたと思うけど…そんなん半年くらい前やで?」
「あ~そうそう随分前よ、やっぱウマさん家やってんな。あれ、ナニ?」
「ん~…ただの赤い布やね」
「フンドシにしては長いよね?」
「フンドシではないねぇ。何でも無くて、洗濯して干しただけの単なる布やねんけど…干してるとなぜか『あれは何?』て聞かれて返事に困る布です、としか言いようがないねんけど、なんで皆あの赤い布のこと聞くん?」
「いや~すごい目立つから何なんやろうと思って」

ただ赤い布を干していただけで「この赤い布が何なのか」と喰いついた、その赤は「緋色」という和の赤色です。
日本人はこの緋色に何か特別な感情でもあるんでしょうかね。

今の家に移り住んで15年、ベランダに赤い布を干した回数はたぶん3~4回程度しか無いのに、洗濯物のことで質問されたのはこの赤い布だけ。

衿に懐紙を挟む時「胴裏」の緋色がチラと、袂に入れたハンカチを取ろうとして「振り」からチラと、その緋色が見えた時「粋やなぁ~」と思うのは私が日本人だからなんでしょうか。

この胴裏にふんだんに使っている「紅絹もみ」と言われる裏地なんですが、これが非常にやっかいで、

リメイクして「現代仕様にする」には確実に不向きなのです。
だって現代では「洗い張り」をしないのだから。
「洗い張り」とは着物を解き、一枚の布にして板に張り付けて着物を洗う、昔ながらの洗い方です。
もちろんまた着物に戻します、いちいち縫ってね。
つまり、反物から仕立て上げるのと同等の手間がかかると思ってよいでしょう…ほら、やるわけねぇ。

紅絹の欠点は色落ちと色移りがヒドすぎるところにあります。
紅絹をリメイクする時には「紅絹単体での何か」を作る必要があるんですねぇ「洗っても洗っても色落ちする」それが紅絹。

洗い張りをするのならなんぼ色が落ちようが問題ないの、紅絹単体で洗うわけだから。
しかし文明の利器「洗濯機」が各家庭に1台はある現代に於いては、洗剤さえ変えれば「ドライコース」で洗濯が出来る世の中にまでなっておりますのでね、よぉやって「手洗い」どまり。

そういった洗濯事情である限りはリメイクの着物に紅絹の胴裏を付けておくわけにはまいりません。
そんなわけで時代に合わせてリメイク用の着物からは紅絹の胴裏を解かねばならんのです。

シミ抜き用の洗剤に一晩つけおき、ある程度の色落ちをさせて干したものが件の「なんか赤いの」になります。

こちらは「単体でのリメイク」が大前提となります代物ですから「さてはて何に活用しようか…」とその活用方法を考えあぐねるわけですな。
あぐねるくらいなら捨てろとおしゃるご仁もおられますでしょうがね。
アタクシには捨てられない理由がありまして。

それは紅絹の「香り」です。
明治人を祖父母に持つ昭和人にならまだ馴染みがございますでしょうか。
紅絹の胴裏には独特の香りがついているものなのです。

「樟脳を着とんのか!」と突っ込みたくなる和装したおばぁちゃんの香り、とゆぅたらピンとキますかね。
「また虫干しか!」と言いたくなる頻度で桐箪笥を引き出すおばぁちゃんの着物の香り、ちゅうたらピンとキますかね。
要するに「おばぁちゃんの香り」てコトなんだけど。

おばぁちゃん子だった私の「想ひ出の香り」がまさしく「紅絹胴裏」の香りだから捨てらんないんだよね。
不思議なコトに絶対同じ「香り」がすんのよ。

関西でリメイク用に調達する着物の入手ルートを末端まで辿っても絶対ウチの宮崎の祖母に到達することは無いねんで?だってウチとこの祖母、食う事に困っても「着物を売る」て発想は無い人やからね。

祖母とは何の関係も無い着物やのに、何故か共通の「おばぁちゃんの着物の香り」がしてる、それが紅絹胴裏。
着物そのものはそれぞれに香りが違うけど、紅絹胴裏だけは一様に「紅絹胴裏」て香りがしてるよね。

だからついつい捨てずに、つけおき洗いをして軽く絞って干しちゃうのよ。
何度洗っても「紅絹胴裏」て香りが抜けなくて、死んだ祖母を思い出す。
ただの赤い布だけど、単なる赤い布以上の香りを纏った赤い布なのよ。

かいつまんで説明しましたが、これが干してた「なんか赤いの」の正体です。

サポートをしていただいてもいただかなくても文章のクオリティは変わらない残念なお知らせをしますこと、本当に残念でなりません。 無料の記事しか公開しませんのでいつでもタダで読めます。 この世にはタダより怖いモノはないらしいので記事ジャンルはホラーてことで。