見出し画像

哲学観が合う人と、世界を作って遊びたい

初めまして!
「最高に楽しい毎日を送る」ために、はまぐりを食べたり、プログラミングをしたりしている大学2年生、chisso です。

今日は、私のテツガクの話をしようと思います。

「哲学」と書くと、なんとなく堅苦しく感じる人もいると思うので、あえて「テツガク」と書いています。

ちなみに私は、テツガクをしたことがない人なんていないと思っています。

だって、

自分のやりたいことってなんだろう

誰もが一度は考えたことがあるようなそんな問いも、テツガクでしょう?


私は昔から、テツガクが大好きな子でした。
見えるもの、聞こえるもの、感じるもの全てに対して、

なんで?

と問わずにはいられませんでした。

5歳ぐらいの頃には、「なんで生きてるんだろう」と、部屋の中をグルグルしながら考えていたのを覚えています。

それからずっといろいろ考えていて、
高校生になって倫理の教科書を開いた瞬間は衝撃的でした。
自分が考えていたことが順番に載っていて、まるで自分史を見ているようでした。

でも、周りはそうではありませんでした。

まあ、そりゃそうだ。笑。

小学生の頃に、なんで生きてると思う?と友達に聞いてみても、「何言ってるの?」と返されて終わりだし、
倫理の授業で感想を書いても、先生に「難しくて分からない」と言われるしで、

まあまあ寂しかったです。笑。

テツガクの闇

でも、テツガクしすぎると、良くないこともあります。
気付かない方が良かったことに気付いてしまったのは、高校2年生のときでした。

もう、絶望でした。

想像してみてください。

今、自分たちは誰かの長い夢の中にいる。
そして自分だけが夢の中にいることを知っている。
そのことをみんなに伝えるも、誰も信じてくれない。
覚めてしまえば全てが消える夢の中で、みんな何かを頑張り続けている。
そうやって、毎日が過ぎてゆく。

孤独だと感じませんか?

当時の私の心境は、この感覚によく似ていました。
ただ、私はみんなに伝えるようなことはできませんでした。
気付いてしまったらみんな生きる気力を失ってしまうと思ったから。

実際、気付いてしまった自分は何度もテツガクに殺されそうになっていました。

とはいえもともとがポジティブな性格だったこともあって、

どーせ死ねないなら、生きるしかないなら、
超楽しいことやって暇つぶししよう。

宇宙の長い歴史から考えてみれば80年なんて一瞬だし、80年後に死ねば良いや。

そう思って生きることにしました。

これは一見前向きに生きているように見えますが、生きたいから生きているのではなく、死ねないから生きている。

そんな毎日でした。

絶望的なのはどうしようもない。
これ以上考えてもしょうがない。

そう思っていた私に転機が訪れたのはつい2週間ほど前のこと。

とある起業家シェアハウスでイベントがあり、そこで住人の一人と話していたとき、
人生で初めて自分の哲学観に興味を持たれ、共感され、
今の生き様に対して、意見されました。

その人の理論に納得したわけではありませんでしたが、これがきっかけとなって長らく蓋をしていた自分の哲学観について改めて整理してみると、世の中や人に対する捉え方が少し変わりました。

その上で、自分の夢を言語化してみると、こうなりました。


哲学観が合う人と、世界を作って遊びたい。


筋が通っているから、矛盾がないから、ではなく、
自分だから考える、自分のやりたいこと。

「自分らしさ」を見つけた瞬間でした。

というわけで、これを実現すべく動き出した次第です。

哲学観が合う人を見つけるのも、その上で私の夢に共感してくれる人を見つけるのも、我ながらムズいなああ〜〜と感じますが、地球上のどこかにはいるはずだと信じています。

まずは出会った全ての人と良質な対話をすること。
これができないと何も始まりません。

最後に。

まぁ今日はそんな感じです。

共感できる部分があった人はぜひご連絡ください。
また、もしあなたの周りに「哲学が好きそうな人」がいたら教えてください。

それでは引き続き、あなたが素敵な毎日を送れますように。

またお会いしましょう!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?