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Moloko(感想)_美しさとユーモア、つくりこまれた音色のセンスの良さ

2020年に5枚目のアルバム『Róisín Machine』を発表。さらに2021年4/30にDJ Parrotによって再構築された『Crooked Machine』を発表したRóisín Murphy。(最近の写真は怖すぎて思わず笑ってしまうのだが、でも好き)

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以下、そのRóisín Murphyが、Mark Brydonと1994~2004年まで活動したユニットMolokoの発表したアルバムと、優れたリミックスワークの多いシングルについての感想などを。


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Do You Like My Tight Sweater?

シェフィールドのパーティーでRóisín MurphyがMark Brydonにかけた言葉がアルバム・タイトルになった1stアルバムは、1995年発表でUKチャート92位。

この1stの音楽ジャンルはエレクトロニカ、ファンク、トリップホップ・・・・と、どれも当てはめづらく形容しづらい。ビートはクラブ寄りでテンポの遅い曲が多いのだが、全体に漂う雰囲気は音数の多さと一貫性の無さから混沌としているが、気怠い空気は通して聴くと不思議と心地よい。今となっては旧き良き1枚だが、当時は実験的で先進的だった。

音楽性の多様さはMark Brydonにはベーシスト/プロデューサーとしてのキャリアによるものだが、音楽活動歴は無かったというRóisín Murphyの個性もかなり強い。いたずら好きの小動物のような声と、太い声を同居させたアーティスティックなスタイルは既に確立されている。最初少しとっつきにくいと思うのだが、だんだんとクセになってくる。
ユニット名の”Moloko”は、アンソニー・バージェスの小説「時計じかけのオレンジ」に登場する麻薬入りのミルクドリンク、モロコ・プラスに由来しているとのこと。

アートワークはThe Designers Republicが手掛けているのだが、独自のフォントと硬質なデザインを得意としているイメージが強かったので、ユーモラスなイラストとフリーハンドっぽい書体で仕上げているのは意外。しかし、奇妙な浮遊感とダブっぽさが共存したMolokoの音楽性にはよく合っていると思う。


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Moloko EP

「Where Is the What If the What Is in Why?」を含むデビューEP。このEPだけだと、普通のトリップ・ホップで、リピートしたくなるような曲はない印象。


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Fun for Me

アルバム1曲目にも収録されている2ndシングル(UKシングルチャート36位)。様々な歌い方を使い分けて、時計の針やベルの擬音による言葉遊びをしながらFun(楽しみ)なことを挙げ連ねていくユニークな曲。分厚いシンセベースフックも印象に残り、強いフックを持っている佳曲。
怪しいハウスミックスに仕上がげた「Fun For Me (Monster Mix)」(Youtubeに無かった)がフロア向きで、他にもドラムンベースミックスもあるが、この曲はアルバム収録のオリジナルが一番良いだろう。


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Dominoid

ユルいテンポで気怠いトリップ・ホップの佳曲。シングルにはいくつかミックスが収録されているが、この曲もアルバム収録のオリジナルが一番良いと思う。


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Day for Night

リズムパートの余白が心地よいトリップホップの4thシングル。元曲の雰囲気を残し、ミドルテンポでリズムを強調した「Party Weirdo (Wackdown Mix)」はなかなかよい。


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I Am Not a Doctor

2ndアルバムは1998年発表でUKチャート64位。

前作よりも複雑なリズムを刻む楽曲が増えて、乾いたドラムサウンドで速いテンポのブレイクビーツはドラムン・ベースやトリップホップのようだが、コラージュさせる音のセンスは独特。
Róisín Murphyの個性的な歌唱も相俟って、適度に暗くなりすぎないMoloko独自の音色で構築されている。アルバムとしての完成度は高く統一感はあるが、全体を通して強いフックのある曲は無い印象。作業中のBGMとし鳴らす分には心地よい音楽。

ヒットシングル「Sing It Back」のアルバムバージョンは、ビートが抑えられており。知名度ではドイツ人のプロデューサーBoris Dlugoschによるミックスの方が恐らく有名だが、これはこれで趣がある。
雪山写真といかにもデジタルな質感を感じるポップな書体の組み合わせが特徴的なアートワークは1st同様にThe Designers Republic。


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The Flipside

2ndからの1stシングルは軽快で複雑なリズムを刻むブレイクビーツの曲。ビートを強調させた「The Flipside (Aphrodite Vocal)」が、一時期流行ったドラムンベースを思い起こさせる。


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Sing It Back

メランコリックな2枚目のシングルカットは、UKシングルチャート4位。Boris Dlugoschのリミックス「Sing It Back (Boris Dlugosch Musical Mix)」は有名だが、とにかく元曲が素晴らしいため使えるリミックスが多い。

Donna Summer「Feel Love」のベースラインをサンプリングした、「Sing It Back (Mousse T.'s Feel Love Mix)」は確信犯的なミックスだし、ラテン調のパーカションを足した「Sing It Back (Can 7 Supermarket Mix)」も踊れる。
声を加工してイケイケでアッパーにした「Moloko - Sing it back (chez maurice mix)」もアホっぽくて好き。

他にもMatthew Herbert、Todd Terry、Booker Tなんかのミックスもあって、どれだけリミックスされているのか不明だが、とにかく20世紀末のハウスアンセムといえる名曲。


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Things to Make and Do

3rdアルバムは2000年発表でUKチャート3位と、チャートアクションは前2作よりから大きく飛躍しているだけあって、ポップな楽曲が多い。クラブヒットした「Sing It Back (Boris Musical Mix)」 がボーナス・トラックとして本アルバムに追加収録されているのもセールスに影響しているかもしれない。

Róisín Murphyの歌い方も個性を失わずにこなれてきていて、怪しく複雑なリズムのトリップホップ調の楽曲が減っているのは残念だが、生音が増えているため過去2作とはかなり印象は異なるが名盤。音楽は芸術性を高めたり実験的すぎると難解になりがちだが、適度にセールスを意識してポップに寄せてきた結果、バランスの良い楽曲が増えた。
また、アートワークはLizzie Finnに代わったことで、これまでのキテレツさが薄れ、可愛らしさと混沌が同居した印象に。


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The Time Is Now

UKシングルチャート2位。ダンスビートなのにほぼ生音のベースとストリングスをバックにフラメンコのようなギターがのってくる不思議な曲。Róisín Murphyの様々に変化する声色もこなれてきた。

NYを中心に活動するベテランプロデューサーFrancois Kのリミックス、「The Time Is Now (Francois K Vocal)」が最高にいい。オリジナルを活かしたミックスでありながら、テンション高めにアゲてくるのはさすが。アフロビートのディープ・ハウスに仕上げた「 The Time Is Now (FK's Blissed Out Dub)」も美しい。
他にもDJ Plankton、Can 7によるリミックスも存在するが、元曲が素晴らしいのでこれも踊れる。

アルバムカバーが手作りの縫いぐるみ(完成形)で、プロモ盤12インチシングルのカバーがつくりかけの手芸イメージというのは、リミックス作業を縫いぐるみの再構築と掛け合わせているのかもしれない。
シングル盤のアートワークシリーズではこの3枚セットが一番好き。


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Pure Pleasure Seeker

この曲のリミックスではUSのプロデューサー、Todd Edwardsによる淡々としたハウスビートの「Pure Pleasure Seeker (Pure Pleasure Disco Vocal)」が好き。Todd Edwardsにしては、あまりサンプルを切り刻まないシンプルなミックスに仕上げている。
UKチャート21位。


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Indigo

どこか楽天的なオリジナルバージョンの雰囲気がほとんど残っていないのは残念だが、怪しいハウスに仕上げた、「Indigo (Robbie Rivera's Vocal Mix)」がよい。いつもアッパーにしすぎかなと思って敬遠しがちなRobbie Riveraだけど、この曲のトライバルビートと跳ねるピアノは心地よい。
UKチャート51位。


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Statues

4thアルバムは2003年発表でUKチャート18位。
全体的に漂う雰囲気は暗く、初期Molokoのような実験的な要素はかなり減ってしまっているが、Mark Brydonのアレンジは全てのアルバムの中で最も冴えていると思う。シングル・カットされていない曲でもクオリティが高くて聴きやすい名盤。

タイトなリズムの曲はフロアユースを意識しつつも、生演奏の音を巧妙に混ぜ込んでポップに仕上げているため聴く場所を選ばない。
在り来たりのエレクトロニックサウンドにならないMolokoらしさは、Róisín Murphyの個性だけではないため、このユニットの出す音をもう少し聴きたかったと思う物足りなさがある。
悲しくて美しいストリングスの印象的な「Over and Over」を最後に締めることでMolokoとしてやれることはもう無かったということか。

このアルバムカバーのRóisín Murphy、表情にやたら迫力がありとてもいい写真。しかし、なんで両手に飲みかけのビールを持ってるんだろう。
アートワークはまたしても交代して、UKのデザインカンパニーSuburbiaになっている。ミニマルなMOLOKOの書体が個性的で強い存在感を出している。


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Familiar Feeling

アルバムからの1stシングルは、疾走感のある生楽器主体のダンストラックでUKチャート10位。これも名曲。

日本盤アルバムにボーナス・トラックとして収録されていた「Familiar 日本盤アルバムにボーナス・トラックとして収録されていた「Familiar Feeling (Timo Maas Main Mix)」のウッドベースのような重たくて怪しいベースラインにのせて「Nothing can come, close familliar feeling(馴染みのあるこの気持に、近づけない)」と歌われることで、切なくも複雑な感情を起こさせる。

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カバーのElaine Constantineによる写真のバージョンは美しいが、発売当時、渋谷のレコード屋で売られていたプロモ盤12インチシングルは2枚組で、MOLOKOのロゴがくり抜かれたところから、黄色いスリーブが見える凝ったデザインだった。


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Forever More

UKチャート17位。ジワジワとこみ上げてくるオリジナルの良さを引き立てた「Forever More (Can 7 Safari Club Mix)」も好きだけど、地味なディープ・ハウスの「Forever More (Francois K & Eric Kupper Vocal Mix)」も好き。



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Cannot Contain This

最後のシングルはUKチャート97位。
グイグイ迫ってくるエレクトロハウス「Cannot Contain This (Tom Neville Vocal Mix)」がおすすめ。
文字だけのミニマルなカバーワークだが手元に置いておきたくなる緊張感のあるデザインも好き。

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ざっとMolokoの過去作品を振り返ってみて思うのは、ダンスミュージックの場合、ファッション性やタイムリーであることが重要で、古い楽曲の価値ってどうしても下がりがちなのだけど、Molokoの音楽は外部プロデューサーのリミックスワーク含めてかなり個性的なため、時間が経過してもたまに聴きたくなる魅力があるということ。

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