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R.U.R.U.R ル・ル・ル・ル このこのために、せめてきれいな星空を(感想)_選び取る様々な幸せのカタチについて

『R.U.R.U.R ル・ル・ル・ル このこのために、せめてきれいな星空を』はlightより1999年4月に発売されたADVゲーム、シナリオは伊藤ヒロ。
宇宙を舞台にしたSF世界、幼なすぎる主人公や数多くの作品からの引用などかなりクセのある異色作だが、遠い未来の宇宙でたったひとり残った人間が選び取る幸せをいくつものパターンで提示する興味深いゲーム。
以下、ネタバレを含む感想などを。

生き残った人間、イチヒコに秘匿されていること

本作は20歳を迎えた少年イチヒコとその家族・クラスメイトたちによる日常からはじまるが、この世界にはいくつかの設定が前提としてあることが明らかになってくる。

①イチヒコたちの暮らす世界は、全長20kmを超す宇宙船「多世代型恒星間移民船サンテグジュペリ号」の船内で、この船は人間が移民可能な惑星を探すために航行し続けている。

②イチヒコは冷凍睡眠カプセルによって生き残った宇宙で唯一の人間。
姉やクラスメイトなど、船内にいる人型をしたのは全て被造知性や作業機と呼ばれるロボット。ただしこの世界での被造知性は自意識が芽生え、こころ(以下レム)を持つようになったので、ロボットという単語は蔑視にあたるため禁句。

③三等船室には2万人を超える人間がキューブ保存されていて再生が可能。ただし被造知性に再生権限は無く、人間による決断が必要。

冷凍睡眠から覚めたイチヒコは記憶障害によって、かつて人間たちの生存していた頃の記憶を失っていた。さらに上記3つの事実はR-ミズバショウら高等被造知性によって意図的に秘匿されており、各ヒロイン・ルートにおいて真実を知るイチヒコが、その未来を選び取る物語となっている。

そんなイチヒコは20歳といいつつ、およそ10代前半くらいの精神年齢と思われるほど言動が幼く、貞操観念の低い被造知性たちとの性行為シーンが多数あることも含めかなりの異色作。
そんなイロモノ作品であるにも関わらず、イチヒコが各ヒロインルートで選択する幸せのカタチは意外にも真っ当。誰かが幸せになるのと引き換えに、他の誰かが不幸になるシナリオは好印象だった。

また、日常生活に差し込まれるネタがシュールなのもこの作品のユニークなところ。
コンビーフのCMソングを子守唄に歌ったり、エロ本をつくるために作業機の錆びていない部品を撮影するなど、被造知性たちがかつての人類を模倣しようと試行錯誤してズレているのが可笑しい。

各ヒロイン・ルートで選択する幸せのカタチ

被造知性は大まかに分けて、人類がいなくなったことで手に入れた”レムを手放したくない者””レムを手放したい者”の二種が存在する。それらは相反する希望であり、R-ヒナギクのルートで人類の移住可能な惑星が発見されたルート以外は、すべての被造知性の希望が叶えられることはない。
以下イチヒコと被造知性の幸せについて、ヒロインごとの結末で考えてみる。

[R-ミズバショウ]

イチヒコは記憶を取り戻したことで、姉やクラスメイトと思っていたのが被造知性と気付いたのにも関わらず、再度の記憶障害によってR-ミズバショウと結婚する展開。
イチヒコがかつての人間社会を思い出せず、なおかつ方向性が間違っていたとしても全力でイチヒコの幸せを願うR-ミズバショウらに祝福され続けられるのならばそれだって幸せだろうということ。
井の中の蛙も、蛙をバカにする者が存在しないのなら気にならない。
さらに冷凍睡眠する以前のイチヒコはみなしごで、虐められていたエピソードによって補強されているため、パッと見の印象はハッピーエンド。

しかし、メンテナンス次第でほぼ不死身のR-ミズバショウに対してイチヒコには寿命があるのら将来的にイチヒコも被造知性になる必要があるのかもしれない。
いずれにせよ三等客室でキューブ状で保存された2万人の人類や、レムを手放したくて集った「K17区画」の被造知性たちには望まれないカタチでの終わり方。

[R-タンポポ]

”さんしょうお”によれば、既使用で人間の母子を見たことがある、と表現されているが、軍用機で歌を知っている設定を含めて謎が多いまま。
イチヒコは過去の記憶を取り戻した状態なのだが、それでもR-タンポポを選ぶことになる。いかんせんR-タンポポのバックグラウンドがよく分からないから残念ながら印象が薄い。

[R-シロツメグサ]

イチヒコの博愛主義を許せず、R-ヒナギクを殺してしまいたいほど一途で歪んだ愛情表現をするR-シロツメグサに対して、いっそイチヒコも被造知性になってしまうという展開は愛のカタチとしては美しい。

あらゆる被造知性にとって大切にされる特権を捨ててまで、R-シロツメグサの愛情に応えようとしたイチヒコの潔さがあって、何しろこの時点のイチヒコはR-シロツメグサを恋人と認識したからではなく、全ての被造知性たちのことを思っての博愛の精神からくる。
さらに自分に釣り合うだけの知能を持った人間なら誰でも良いというのではなく、イチヒコそのものを求めていたことに気付いたR-シロツメグサもひっくるめてよかった。

ただしこのルートでのイチヒコはかつての記憶を取り戻していない。記憶が戻ると被造知性を見下す発言をすることもあるイチヒコなので、自ら選び取った選択のようでいて、この世界の欺瞞に気付かずに人間であることを捨てているという意味では考えさせられる。

[R-ベニバナ]

キク科の植物名を付けられた軍用機のR-ベニバナは、レムを授かったが守るべき人類が存在しないことや罪の意識により苦しんでおり、レムを手放したいR-ベニバナにとっては死も等価値だった。
創造主である人類のイチヒコは尊い存在だから、頼まれてもその名前を呼ぶのはいまわの際に一度だけ。
つまり人類が復活することでかつてのような主従関係を望んでいた。
このENDの場合、レムを失うことに反対だった高等被造知性らにとっては不幸な結末なのだが、あくまでイチヒコ自身の判断に委ねて身を引いたR-ヒナギクの態度も潔い。

このEND後の展開を想像してみる。
冷凍睡眠から目覚めさせたR-ミズバショウらへの恩もあるだろうから、イチヒコは全ての被造知性からレムを取り上げようとは考えていなかったかもしれない。
しかし記憶を取り戻した際のイチヒコの反応と同様、再生した人類は恐らく被造知性がレムを保持することを望まないだろう。
レムを失えば被造知性たちは苦しみや痛みから開放されるが、同時に幸せも実感出来なくなる。

だったらR-ベニバナや「K17区画」に集う被造知性たちがレムを持ったまま幸せになれたら良かったのだが、個体ごとに異なる個性を持つ被造知性が社会を形成している時点で、全ての被造知性が幸せになるのは不可能なのだろう。

[R-コバトムギ]

いわゆる”いい子”に育ったイチヒコはよく言えば素直だが、幼稚なところもある。そんなイチヒコに対してR-コバトムギが「秘密の幸せ」や「内緒のいいこと」を教えてくれる。
その内容はアブノーマル・プレイに偏っていて、しかもR-ミズバショウらに筒抜けな時点で秘密や内緒でないのはご愛嬌。かなりクセのある変化球ルートだがイチヒコの成長を考えたらかなりいい線を突いており、ルール通りに言われたことだけをやっている人間は自律できない。

R-コバトムギは、人間が多くの矛盾を抱えた生き物と理解し、規律通りの”いい子”に育てたところでいつか綻びが出ることを想定していた。
さすが先生役に抜擢されたR-コバトムギで、かつて民生機のウエイトレスとして数多くの人間とのコミュニケーションを密にとっていただけあって、被造知性のなかでは最も人間を理解している。

[R-ヒナギク]

レムを失いたくないが故にイチヒコに必要以上の情報を与えないR-ミズバショウらの欺瞞に疑問を投げかけ、自身もレムを失うことを恐れながらあくまでイチヒコに未来を選択させようとするR-ヒナギクが印象的なルート。

このルートでは人類の移住可能な惑星が見つかり、イチヒコ自身が決断したことで被造知性それぞれにレムの扱いを選択させた終わり方となる。
だからキューブ状の人類は再生し、「K17区画」の被造知性たちはレムを手放してその人類に追従して行ったのだと思われる。

R-ヒナギクが被造知性から人間になったことを含め都合の良すぎる展開ではあるのだが、上記した他ヒロインのENDで積み残された課題が一気に解決する終わり方がひとつくらいあっても良いと思うと感慨深い。
朝っぱらから起き抜けにビフテキととんかつを平らげる欲張りなイチヒコが願いを押し通した。


ざっと各ルートを振り返ってみると、改めて奇抜で長すぎるタイトルや数多くの作品からの引用など、全てにおいてかなりキワモノ作品ではあるのだが、幸せのカタチについて真面目に語られているのが印象的な作品だった。

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