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超写実絵画の襲来(感想)_写真ではないかと疑い、近付きたくなる

渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催している、『超写実絵画の襲来-ホキ美術館所蔵』へ行ったので備忘として。

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人物の肌や、着用している服の質感表現に凄さがある

人物、静物、風景など、それぞれの写実絵画が展示されており、見たままをほぼ変えずに理想化して描かれているものと、空想世界を写実化したことの分かる絵画がある。自分の場合は特に人物の絵画へ特に興味を惹かれた。滑らかで薄い皮膚とその下から浮き出る血管など、生きている人物の生々しさの表現が素晴らしく、身に着けている服の繊維の質感と描き分けられているのが素晴らしい。背景も手を抜かず描かれている作品などはその空気感までも視覚から感じ取れる。

風景絵画も展示されていたのだが、残念ながら自分は細部まで見入るようなことは無かった。綺麗な風景写真というものに見慣れてしまっているというのはあるのと、綺麗過ぎる風景の場合、メッセージ性が薄く「こういう写真ありそうだな」という思い込みがあるために、人物絵画ほど印象には残らなかった。

自分が写真展や絵画展へ行って好感を持つ作品というのは、人物ならばその人の生活や生き様の伝わってくる写真。風景ならば古い街並みや建物や看板などの歴史を感じられる写真を鑑賞するのが好きだ。つまりただ美しいだけではなくコンテキスト(文脈)を感じられる写真が好きなのだけれども、本展に展示されている作品はコンテキストを感じられる作品は少なく、絵画としての緻密さと一瞬の美しさが強調されている作品が多い。
せっかく空想を描くことも出来るのだから、その人の人間味の溢れる作品に触れてみたかったというのはある。いかにも顔が良くてスタイルの良いモデルからはそういう文脈を感じづらいので、個人的にはもう少しバリエーションがあると良かった。

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そういう意味では石黒 賢一郎 『存在の在り処』は良かった。高校の教師である父親を思い出の教室で描いたこの人物の絵画には、画家の父親への感謝や尊敬の念や畏怖などが想像されて、何とも言えない味わいがある。

写真と写実絵画の楽しみ方の違い

まず写実絵画の楽しみ方を考えてみると人間の脳の補正機能というかいい加減さが影響していると思う。
今現在、自分が立っているのは絵画作品展であるということを認識していながらも、いざその写実絵画へ対峙したときの最初の印象は「本当は写真なのではないか」と脳の視覚野がどこか疑いの眼差しを持って見てしまっているのだ。
そうして近づいて改めて細部を見ると絵の具の凹凸などによって、やはり絵画であったということを認識する驚きがある。この脳の錯覚を認識し直すという行為を一枚一枚の絵画に対して行うことになるのでこれは楽しい。凄いのは筆のタッチを感じさせないところで、さもそこに対象物が存在しているかのように質感が表現されているからなのだと思う。

これほど写実的に描かれているのであれば、もはや写真で良いのではという気もするがやはり写真と写実絵画には大きな隔たりがある。
最も大きな違いということであれば、写実絵画は写真よりも非現実的な表現が可能ということかと思う。本当はあるはずのものや無いはずのものを描き分けることは可能だろうし、光の表現や背景を差し替えることも出来る。
そんなものはフォトショップで加工すれば良いだろうとも思うが、デジタルフォトは突き詰めると、気の遠くなるほど膨大な数の四角いピクセルの集合だ。つまり人の手によって描かれた揺らぎは一切無い。そういう人間が表面的に認識している感覚とは別の潜在的な感覚によって写実絵画を眺める快感があるのかもしれない。

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なぜ写真ではなく絵画で表現するのか

写実絵画の技巧というのは、突き詰めると光と影の表現の手法だと考える。たとえばモデルの着用している服の素材が光をどれだけ吸収してどれだけ反射するのか、反射された光はどこへ写り込むのか。その素材の硬さや柔らかさはどうなのか、そういう陰影の表現を現実に近づけるために妥協せず緻密に描かれている。
そういう陰影の表現が超絶リアルでありながら、本当のところはリアルでは無い。どういうことかというと画家による理想的な絵が一枚の絵として表現されているために、『写実的ではあるが、現実とは違ってくる』部分があると思うのだ。つまり画家の理想一枚へ近づけるために、現実には無いものを描き足したり、引いたりしていると思われる。そうして一枚の作品へ仕上げる過程というのは、膨大な時間をかけて一筆ごとに積み上げていくことになるのだ。
写真も加工がなされているとはいえ、一瞬を切り取った瞬間に理想の一枚にならないかもしれない偶然が残されている。つまり写真作品の場合、構図や時間を機材をコントロールして自分の理想の作品を捉えようとしていたとしても、偶然性に頼る比率が圧倒的に高いのだ。

美術手帖のサイトへ「息をのむ写実絵画の世界。」と紹介されていたが、写実絵画は思わず息を止めて細部まで真剣に向き合いたくなる魅力がある。
ホキ美術館へ行ってみたいのだが、いかんせん遠いので都内で鑑賞出来るのはとても有り難い。

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