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果てしなく青い、この空の下で…。(感想)_寂れた村の伝奇ミステリー

『果てしなく青い、この空の下で…。』はTOPCATより2000年6月に発売されたノベルゲームで、シナリオ担当は鷹取兵馬。2009年10月にはフルボイスの完全版が発売されている。
山に囲まれていることで冬には隣町との行き来も困難になる閉鎖的な村で、地上げ屋が村人を恐喝し、災いをもたらす神が暗躍する伝奇的なミステリーとなっている。
以下、ネタバレを含む感想などを。

分かりやすい悪として配役された堂島薫

安曇村は、山に囲まれて自然豊かだが人口減少によって寂れている。物語は戒田正士の通う安曇学園が1年後に閉校することを告げられる春からはじまる。
ブラウン管テレビが現役で、クーラーが村で2軒程度にしかついていないという描写があるので、時代設定は昭和の中頃~後半と思われる。

鉄道の開発が予定されている安曇村には、東京からやってきた元代議士の堂島薫がヤクザ達を従えて豪邸を構えている。
堂島は表と裏の顔を使い分ける狡猾な男で、表では村人たちから土地を買い上げる交渉をしておきながら、裏では警察を抱き込み、ヤクザを使って住人を脅迫をしたり神社に火を放ったりと、村人たちを強引なやり方でその土地から追い出そうとしている。
さらに、高額でやり取りされるシュールレアリスム派の画家である八車斉臥への題材提供のために女性を凌辱していたりもするが、村で一番の権力者である堂島に逆らえる者はごく僅かだ。

安曇村にある穂村山には人々の信仰対象となっていた邪神のヤマノカミがいたり、黒い液体で満たされた不気味な井戸、隠されてきた古い神社などがあって、時代の変化によって人々が大事にしてきたそれらの知識や因習が徐々に忘れ去られていく過渡期にあって、伝奇的な要素が物語全般に深みを与えてくれる。

正士の通う学園には他に5人の女子生徒がいて、それぞれに個別ルートがあるのだが、ヒロインごとの名字の意味や、ヤマノカミと村人との関わり方など、パズルのピースを合わせるようにして徐々に全貌が明らかになっていく構造になっているため、飽きることなく進められる。
そうして、正士を含む大勢の村人にとって害悪な堂島を、ヤマノカミの墓守が圧倒的なパワーによって一瞬でねじ伏せてしまう展開にはなんとも言えないカタルシスがある。

この物語の後、安曇村は時代の変化を受け入れざるを得ない。鉄道が開通すれば、自然豊かで長閑な村では無くなってしまうだろうが、堂島のような者が権力を行使できたのは、閉鎖的な村だったからこその弊害ともいえるので悪いことばかりではないだろう。
また、堂島や八車斉臥によって傷つけられた心の傷はヒロインたちに確実に残る。そんな手放しのハッピーエンドではない物悲しさも感じさせるのがまたこの作品の魅力だと思う。


強い意志で、我を通す芳野天音

個別ルートごとに謎が解き明かされるつくりになっているため、各ルートそれぞれに楽しめるのだが、のんびりしていながらも強い頑固で意志を感じさせる芳野天音のストーリーは特に印象的だった。

遠足で足を怪我したときは怪我したことを隠そうとし、堂島のもとで働くことを決意したときも、悠夏からの申し出を断って我を通した。
天音にはそういう他人を頼らず、ひとりで抱え込むところがある。

最も象徴的なシーンは金庫の鍵を手に入れた後、芳野夫妻からの手紙を読み、両親が無事でないことはある程度想定していながら、敢えて帳簿を持って単身、堂島のもとへ赴いたこと。
両親が生きている少ない可能性に賭けたのかもしれないが、帳簿を持っていることで正士が傷つくことを恐れていたフシもある。いずれにせよ、天音はその場で自死するくらいのつもりだったのかもしれない。

天音からしてみたら、春に堂島のもとで働くことを決めた時点で自身の破滅も覚悟をしていた筈で、そうすると、夏に正士に告白したのは最初から長続きしないことを予測したうえでの思い出づくりが目的だった可能性すらある。

そんな天音の気持ちを汲み取ると、正士と最後の別れになるからと寝顔へキスするシーンは美しく、堂島から両親の死を告げられた直後に血で染まった姿で振り向くシーンにはなんとも言えない迫力がある。

さらに、他ヒロインのルートでも道端の雑草を抜いていたり、松倉商店で商品の置き場所をいじっていたりと、精神に異常をきたしている様がいたたまれなく、村そのものが崩壊へ向かうことを示唆するかのように壊れていく天音が異様な存在感を出している。

ヤマノカミと墓守について

物語の特徴として「オド(ヤマノカミ)」「イズ(狛猫)」「踊り子」など、安曇村の信仰によるオカルト要素によるところが大きく、猫屋敷の裏手にある蔵の扉を開けるシーンや、井戸の底から引きずり込まれそうになるシーンにはかなり緊迫感があった。
しかし、これらのワードには呼称の違いや情報が断片的に登場することで、全貌を掴みづらいところがあったので、分かっている範囲で少し整理してみる。

「オド(ODW)」について
第三界の創造主であり絶対神。別名ヤマノカミ。
第三界に墜ちた魂を呼び戻す力を持っているので、死者を蘇らせられることができる。
世忍がよその村から攫ってきた人たちは、痺れ薬を飲まされて墓地(カタコンベ)でオドに魂を喰われていた。井戸には魂を喰われた亡骸が捨てられていたと思われる。
ヤマノカミは安曇村の人々の信仰の対象だったが、こうしたことから安曇村は周囲の村々からは忌み嫌われていた。

「イズ=ホゥトリャ(Yzz=HwTrrra)」について
オドが地表に表れると追ってその肉を喰らう存在。オドの見張り役にして墓守の獣。
ヒロインたちの個別ルートで、終盤に堂島たちを殺しているのがこのイズで、数年前から松倉藍に取り憑いていた。
堂島が穂村神社を焼いたことで、狛猫の絵馬も消失してイズは松倉藍としての実体を保てなくなる。イズは代々、松倉家によって管理していた。

「踊り子」について
オドを現世に導くことが出来る。八車夫妻が流産した子どもを復活させるため、世忍が攫ってきた赤子を横取りし、依代にして宿ったのが踊り子。その赤子は八車文乃として育てられていて、本人にも儀式の記憶がわずかに残っている。

これら超自然的な存在は作品中、その登場シーンになると蝋燭の火が消えたり、停電になったりとその姿にはCGが存在しない。
しかし、堂島やその屈強な護衛である堀田があっさりと喰い殺される様子など、文章からのみ得られる情報には、ビジュアルが無いからこそプレイヤーの妄想が膨らんで、かえってその恐怖や存在感が増してくるのが良かったと思う。

CD2枚組のサントラも、伝奇的な雰囲気を盛り上げるのに貢献してくれている。和風の楽曲はバリエーション豊かで、特に世忍が正士に憑依するシーンでかかる複雑なリズムが印象的な「斉臥の狂気」や、長閑な村の雰囲気に合った「学校」などCD単体でも楽しめる。
猫の呪いのような鳴き声が聞こえてくる曲、「猫」だけはいつ聴いても慣れないが。


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