誰かと旅すること

004 誰かと旅すること その一

とあるフランス人(27)の場合  神無月十四日
 紅葉真っ盛りに白馬八方に登った。紅葉が美しく、ゴンドラとリフトを乗り継ぎながら八方池を目指す。リフトを降りてから私はさあ登ろう、と上を目指し始めた。しかし、彼は、そこを水平移動し、写真を撮り始めた。水平にずんずん進む。そうして、思うままにシャッターを切る。私も、彼がいなければ出会わなかったであろう、美しい景色に出会うことができた。そして、写真を撮りながら、彼はそこにどんな絵を描き込もうか考えているのだ。私はこの風景自体を写実的に描写したいとは思っても、そこに存在しなかったはずの人物やものを登場させるのはなんて自由でおもしろいのだろう。
さらに、そのまま立ち止まって言った。
「山の向こうに水の流れる音がする。いや、風の音か。」
衝撃だった。私は、耳に入ってこなかった。確かに、耳をすませば。山に登って自然の音など意識したことがなかった。なんと豊かな体験なのだろうか。
 登山は常に頂上を目指し、登り切ったという事実が魅力なのだと考えていた。早いペースで登り、予定より早く到達点につくことが美徳。そうではなかったのだ。景色の寄り道をして登っていく。それが登山のより大きな魅力ではないだろうか。そしてそれはあたかも人生のようだ。高みを目指し続けることも大事だが、今ここ、を豊かに幸福に過ごすことに人生の醍醐味があるように感じた。

10.20-2022 @白馬村

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