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橋本治『桃尻娘』、そのタイトルについて

千木良悠子さんの『桃尻娘』論があまりに素晴らしかったので、橋本治『桃尻娘』全作を読み返すことにしたのです。

通読するのは2年ぶり。講談社文庫版で読むのは初めてです。
4人の主要登場人物が、高校生から大人になるまでの長いお話。

『桃尻娘』を知らない人にとってまず抵抗があるのはそのタイトルだと思います。

乗馬などの際にお尻が不安定で座りが悪い(=乗馬が下手である)ことを、桃が丸くて不安定であることになぞらえて“桃尻”という。徒然草にも出てくるくらい、古くからある言葉。これが『桃尻娘』の桃尻の由来です。
あとがきによると、思春期の少女の不安定さという意味を汲み取ってもいいらしい。

「桃って丸くて不安定じゃない、お尻が。だからサ、お尻の坐りが悪いのをそう言うんじゃないの」

橋本治『桃尻娘』

と本文にも書いてあります。

第2話のタイトルは無花果少年―いちぢく・ボーイ―。

「イチヂクは花が咲かないで実がなっちゃうから、それで“花開かない青春”とか何とかいう?だったら教えてやるけどねえ、イチヂクの実ってのは、アレ実じゃないんだぜ。ホントはネ、あの食べる所、花なんだよネ、あれでもサ」

橋本治『桃尻娘』

このへんまでくると、作者が“そういう”言葉をあえて持ってきてるんだな、と察してくる。

第3話は、題して「菴摩羅HOUSE―まんごおハウス―」

「昔マンゴオのこと“菴摩羅(あんまら)”って言ったの、そんで花ばっかり咲いて実がないことの譬えなのッ!」

橋本治『桃尻娘』

モモジリ・ムスメ、まんごおハウスなど、一見性的で露悪的に見えて、実は大事な含意があります。言葉選びが絶妙です。これについて橋本治はその意図をこう書いてます。

「『桃尻娘』以来、何故に私がしつこく猥雑にこだわるかと言えば、それが“現実”だからです。大体“青春”ていえば現実無視して平気でいられるっていう思想が僕は気にいらないんだよネ。だから僕はポルノまがいの題名をつける訳でサ、でも目指す所は飽くまでもアンチ・ポルノなんだけど」

橋本治『桃尻娘』あとがき

『桃尻娘』第1部は全編にわたって、軽妙な話し言葉で綴られます。だから明るく、中身がないように受け取る人もいるのかもしれません。そしてやはり、言葉使いなどが今となっては「古い」と言われてもしかたがない側面はあります。なにしろ、書かれてから40年経っているのですから。

でも、若い人が傷つきながら成長することは変わらない現実で、そのリアリティをこの作者は書こうとしていました。人が成長することに長い時間がかかることを肯定するように、長い物語によって。
千木良悠子さんは「他に類を見ないぶっちぎりのハッピーエンドをなし得た稀有な傑作」と書いていましたが、まさにその通りの大傑作です!

※電子書籍版は本文のみの(あとがきや解説がない)場合がありますのでご注意ください


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