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映画「豪華本『マルメロ草紙』はこうして生まれた─知られざる8年間の闘い─」

ドキュメンタリーフィルム「豪華本『マルメロ草紙』はこうして生まれた─知られざる8年間の闘い─」を観に、神奈川近代文学館へ。
「帰って来た橋本治展」関連イベントはこれでおしまい。展示を見るのも4度目を数えて、私がカナブンに行けるのも今日が(ひとまずは)最後、一区切りのつもりで行ってきた。

2013年12月に、限定150部、定価3万5千円で発売された『マルメロ草紙』。完成までにかかった期間は8年、その制作過程は映像に記録されている。
『蝶のゆくえ』が柴田錬三郎賞を受賞し、それに乗じて出版社に企画の「GO」を言わせたはいいけれど、バブルもとうに弾けた不景気に、よく完成まで漕ぎ着けたものだ。しかもその間には東日本大震災もあるのだ。
とんでもない作業量と職人の技と膨大な時間がかかっていて、現物を見ただけでも手が込んでいることはわかるが(橋本治展にもある)、まさかここまで…という思い。とてもじゃないが割に合ってないでしょう。
「地の色に白は一枚も使いたくない」と言って、シルクをこねくり回したのを写真に撮って章ごとに違う色にして、それに岡田嘉夫さんの精巧な絵を重ねる。当然フルカラーなので、色選びに次ぐ色選び、終わらない色選び無限地獄。忘れかけてるけど画集じゃなくて小説なんですね。それで文字が黒一色なのもヤ、「読みやすくなければならない」という制約(常識?思い込み?)も取っ払いたい!つーわけで文字の色選びも加わる。でも当人たちはずーっと「キレイ〜」と口々に言っている。色を決めて印刷したものだって平気で色変更するし、切ったり貼ったり延々とワイワイやってる。大変とかコストが…とか一人も言わない(まぁ交渉めいたことはちょっと言う)。つまりそこに妥協がひとつもない。仕事=納期が身にしみてしまっている私からすると、期限を決めずにただひたすら「どうすれば美しいか」を話し合っているのがそれ自体おとぎ話を見ているようでもある。手間がかかりすぎるコストがかかりすぎる時間がかかりすぎるというのは合理的な判断に見えて妥協でもあるのだなと思えて仕事に対する価値観が変わりそう。あらゆる制約を取っ払ったものづくり、おとぎ話でなく現実にそれをやった人たちがいて、完成品がどれだけ美しかったかを私はこの映画で見てしまった。

「映画を観る人が“その場に立ち会っているような”映像」と監督の浦谷さんが言うように、ひたすら打ち合わせの映像が続くけど、唯一一箇所だけ岡田さんのアトリエで岡田さんがカメラに向かって話す場面がある。
「来る仕事は王朝モノに偏るけどアール・デコがやりたい、だから自分で企画を持って行った」と岡田さんが言っていて、岡田さんにアール・デコを描かせるために橋本治はこの小説を書いたんだと思ったら胸がいっぱいになった。
「文字はそもそも記号だから動かない。だけど橋本さんが書く文章では梅の花びらがひらひらと落ちるのが見える。絵は、動かない…」と本当に悔しそうに言う岡田さんの言葉が印象に残った。

最後、やっと本が完成したところで全150部にサインしたとあって、アレ?と思った。実は私は1、2年前にこの本をネットオークションで買ったのだが(外函は紛失されていて不添付)、サインと番号(○/150)を見た記憶がなかったからだ。貴重なうえかなり大きい本なので、普段は滅多に取り出さない。ニセモノかもしれない。

ニセモノでも後悔はない

『桃尻娘プロポーズ大作戦』を読んでから観たいと思っていた橋本治脚本のテレビドラマ「パリ物語」のBGMがこの映画のサントラに使われていると知ったのが上映後。もっと早く知りたかったな。

松家仁之さんと浦谷年良さんのアフタートークで“橋本治と全共闘”の話になった。浦谷さんも橋本治と同い年で、やっぱり橋爪さんと同じ見方と言っていた。同時代にいた人は「みんなでやったねー」という何かを共有したいのか?橋本治があんなに全共闘について書いたのは、何も言わないとカジュアルに「みんな仲間だった」と取り込まれてしまうからだろうか。“その年”に“東大”にいたというそれだけで(+ポスター)。
私は全共闘にそれほど興味がなかったのでこれまであまり注目してこなかったが、一連の橋本治展記念イベントを見るうちに“橋本治と全共闘”に重要なヒントがあると思うようになった。それは予想外の副産物で、総括すると私にとって「帰って来た橋本治展」は、両手で抱えきれないほどの恵みをいただけたような体験だった。

話は変わってこの前Xで(Xはやめたけど新刊情報とかは一番早いからときどき見てる)、橋本治に一度だけインタビューしたという人のエピソードを目にした。
要約すると、取材の後日、橋本治から封書が届いた。レコーダーから落ちた0.5ミリにも満たない小さなネジをセロテープで貼ってそこに「わすれもの」と橋本治の字で書いてあったという内容。うまく表現できないがめっちゃくちゃ橋本治っぽいなと思った。

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