ワキガの記録

ついにワキガの手術をした。
ワキガ手術はいつかやろうと思いつつ放置してきたことの1つだった。
今はちょうど彼氏もいないし在宅勤務が続いてるしで、このタイミングかなと思い手術を決意。ワキガ手術で検索すると無数に病院がヒットして全然わからない。面倒臭くなり、病院名で検索して超口コミ評価が低いとかでなければなんでもいいやという気持ちでかなり適当に病院を選ぶ。

カウンセリング当日、問診票を記入して受付に提出すると、周囲に人がたくさんいるにも関わらず「ご自身で、より臭い、と思う方の腋に挟んでくださいね!ワキガの診断をしますから!」といわれ2枚に折られたガーゼを渡される。
デリカシーなさすぎだろと思うが、ワキガ治療に特化したクリニックなので、病院側からすると待合室にいるお前らみんなワキガ同士なんだから今更恥ずかしがるなということなのかもしれない。気を取り直して「ここで臭さを医者に猛アピールして絶対に保険適用手術を勝ち取るぞ」という思いでガーゼを右腋に挟む。
そのまましばらく放置して、どのくらい臭くなったかなと自分で1度嗅いだら全然臭くなくてこれはダメかもしれないと思ったが、診察室で医者に渡すと神妙な面持ちでガーゼを嗅ぎ「これはワキガですね」とあっさりワキガオーディションに合格。その後も医者は「しかしこの臭いを分析するとワキガ2割、汗8割といったところなので、ワキガ手術をしても汗の臭いは残るんですよ、汗腺ごととる手術もありますがどうですか?」など保険が適用されない40万の手術をすすめてくる。
失敗したときの言い訳を今のうちにしている上に金儲けしようとしてない?そもそもそのガーゼ正直全然臭くないだろと思いつつ、また別の病院を探すのも面倒だし、もういいやと手術の同意書にサイン、日程を決めて帰宅。

手術当日は、昼過ぎまで仕事をして、そのまま病院へ直行した。
予定時間よりも30分早く来てくださいと言われてその通りにしたのに1時間以上待たされ、ようやく手術室へ案内される。
私が受けるのは剪除法という術式で、保険適用で安くできるが腋をメスで切り開いて汗腺を除去するというアナログなやり方で、術後のダメージもでかい。
私は人生で手術を受けた回数がわりと多い為か、かなり手術慣れしており、これからメスを使った手術を受けるというのに自分でもびっくりするくらい緊張感がなかった。麻酔の注射は激痛だったが、こういう手術や何らかの治療、検査に伴う痛みについては、昔からどんなに痛くても「でもこれはオフィシャルな痛みだし・・」と冷静に耐えてしまう。絶叫マシンやお化け屋敷も「でもこれは安全が確保された上で行われているオフィシャルな恐怖だし・・」と思ってしまって本気でビビれないタイプである。
今回の手術は局所麻酔で行なったため、術中も普通に意識があり何をされているかも大体わかる。基本的にワキガの手術は皮膚を切って裏返す、裏返した皮膚についている汗腺をハサミで切り取る、レーザーのようなもので止血する、という作業の繰り返しだった。さすがに手術箇所を直視することはできず、天井をみながらぼんやりしていたが、ふいに「いま先生はどんな顔で手術をしているのだろう、ワキガ手術をしている人の表情がみれる機会なんてもうないかもしれない。絶対に見ておくべきだ」という考えが浮かんだ。先生の顔を見ると、かなり真剣な目つきで小さなステンレスバサミを持ち、私の腋をチョキチョキ切って、しかも切り取った汗腺を足元のゴミ箱に普通に捨てていた。
そうこうしているうちに1時間程で手術は終了。手術が終わると先生は「終わりました」とだけ言い残し、目も合わせずに去っていった。
そのあとはすぐに身体を起こされ、腋に大量の止血ガーゼを挟まれて、看護師2人がかりで包帯をぐるぐる巻きにされる。
看護師は包帯を巻くときに無断で人の下着をずりおろし、乳首を勝手に露出させても何の謝罪もしない。カウンセリングあたりからこの病院全体のデリカシーのなさに若干ムカついていたので、術後着るように持参したでかいメンズシャツを羽織ったあと、無言でガラッと手術室の扉を開けて勝手にトイレに行く。
トイレの鏡をみると、肩幅はさほどでかくなっておらず血も出ていない、が、包帯で片腕だけが変な角度で固定されて全く動かないという、事前の想定とは異なるヤバい姿の自分がいた。デスノートで夜神月がよくやる両手を広げたポーズを、半身だけしている状態である。(わからない人はデスノート6巻の表紙をみて)
数秒前、このような姿で手術室を飛び出してきたのかと思うと滑稽すぎて、包帯がとれるまでは絶対に人前でキレないようにしようと決意する。

待合室に戻ると沢山の人がいて、術後の私をチラ見してくる。これはお前らの未来の姿だからなと思う。
受付では痛み止めや感染症予防の処方箋を渡され、病院から近い調剤薬局を紹介された。しかしそこに行くと薬剤師から「またあそこの病院からワキガが痛み止め貰いにきたよ」と思われそうな気がして、夜神月のまま少し遠くの薬局を目指す。
帰宅ラッシュ時の新宿は混んでいて、開いたままの腕が何度も人にあたる。
少し離れた距離を走る自転車にベルを鳴らされて「え?絶対にぶつからないでしょ」と文句を言いたくなるが、自分が夜神月になっていることを思い出し、申し訳ない気持ちになる。
この姿の何が恥ずかしいかって、傍から見たら明らかに様子がおかしいが、わかりやすく怪我人もしくは病人とわかる要素はなくて「自分の意思でそのポーズをとっている人」に見えるところだ。
しかも手術前に結んでいた髪がほどけかけて山姥のようになっている上に、めちゃくちゃビッグサイズのメンズシャツを着ているので本当に怪人だ。
少し離れた薬局について順番待ちの椅子に座る。正面に鏡があったのだが、腕を開いたまま座る自分の姿が、コロナウィルスを気にするあまり隣に絶対に人が座らないように阻止する人の姿にみえてウケる。病院を出たときはあんなに恥ずかしがっていたくせに、この辺りでもうかなりどうでもよくなってきて、自分の姿を客観的にみて面白がれるくらいの境地に達した。薬をもらったあとは成城石井で堂々と買い物し、タピオカ屋にも行った。
家に帰ると汗だくで、シャワーは禁じられていたが、無視して浴びてしまった。
病院からは合併症のリスクが高まるから術後は安静にしろ、動くな、重いものは持つな、手術した方の腕は絶対に上げるななどの指示が出ていたが、合併症なんて実際数パーセントにも満たないだろと開き直り、音楽に合わせて踊ったり、通販で届いた新しいTシャツをガンガン試着するなどした。

翌日、血を抜くため一時的に腋に差し込まれていたチューブを抜きに病院へ行く。なぜか私は謎の闘争心に燃えており、自ら受付で「ワキガのチューブ、抜きに来ましたが!」と伝える。自分でもなんでだよと思うが、昨日薬局で自分の姿をみてから完全に開き直り、それからかなり強気な姿勢に変わってしまったのだ。デリカシーのない病院と戦おうという気持ちも芽生えた。
人のターニングポイントは様々だ。
しかしいざ診察室に入り、状態をみてもらうと「皮膚の中に血が溜まってしまっているからそれを抜く施術を行う必要がある」といわれ、急遽針か何かで腋の血袋を破られ、中の血を抜かれる。めちゃくちゃ痛い。担当した先生は「痛いですか?」とめちゃくちゃ聞いてくるが「はい」と答えても「ですよね・・」と言いながら一度も手を止めることなく血を押し出してくる。アシスタントの看護師にはまたもやなんの許可もなく乳首を丸出しにしてきて、この病院の奴は全員本当に最悪だなと思う。この辺でちょっと弱気になる。元の自分に戻る。
しかも今日抜くはずだったチューブをもう一度差し込まれ、翌日また来院することに。抜糸や包帯が外れる日程もその分ずれてしまった。ぴったりの日程でしか有給休暇を取得してない私は、夜神月のまま数日会社に出勤することが決定。こんなのは泣きたくなってしまう。
前日の調子に乗った行動が原因かはわからないが、また血袋ができたりしたら笑えないので、昨日とはうってかわって、帰宅後は1ミリも動かないレベルで安静に過ごす。腹が減ったが買い出しにいくのも極力避けたほうがいいんじゃないかと思い、冷蔵庫の奥底に眠っていたキャラメルを食べたらセラミックの歯がとれた。
どうしようもないのでSpotifyでスピッツのプレイリストを再生しつつこれを書いている。病院の言いつけを守ってシャワーを浴びていないから手術していない右側の腋がめちゃくちゃ臭い。でも正直こんなに大変ならもう片側は手術しなくても良いかなと思い始めている。
私は今後なぜか片腋だけめちゃくちゃ臭い人として生きていく可能性が高い。
そしてしばらくは歯もない。


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1円でもいいから