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眠れる紅狼と眠れぬ蒼狼 #7

月夜に鈍く光る刃を両手に携えて、振るい、走り、跳ぶ。
そんな日が続いていた。

ド取班長、堺との戦闘の最中、ダメージの蓄積で半ば強制的に『Belief』の副作用が発生し、この夢の世界に来てから2週間が過ぎた。
現実の時間では1ヶ月程か。この世界での滞在期間最長記録を毎日更新している中でも、目が覚める様子は全くなかった。

これまでと同様に青白の毛並みの子、咲夜と一緒に暮らしている。
以前と違うのは、こうして睡眠時間を削ってまで鍛錬を続けていることぐらいだろうか。

「はっ…はぁっ、もう少し……あと、半歩…っ!」
眠る前の記憶――ド取の班員、ファイヴとの戦闘をイメージし、その時の自らの動きを思い起こす。

『Belief』は「そのように動ける」と脳に強烈に「思い込ませ」、一種の自己暗示をもって使用者の現状出せる限りの潜在能力を引き出す。
それは悪く言えば努力の前借りであり、良く言えば成長の指針だ。
その時の動きを参考に鍛錬を積めば、ヘッドギア使用時の無茶な体捌きも通常の状態で再現できる、はず。

迫る横薙ぎの斬撃――想像上の、であり目の前には大きな木しかない――を身体全体を大きく沈ませ掻い潜り、そこからさっきよりもう半歩。
踏み込んだ足を軸に半身になりながら前方へ跳躍、縦へ通るもう一つの斬撃を最小限の力で受け流す。
そのまま相手の背を斬り付けながらさらに身体を捻り、蹴りを加えて距離を取る。

「よし……次だっ!」

木に投影していた巨体が、表情の無い悪夢に姿を変える。
腰には機構鞘、左手にはショットガン。その銃口は散葉を狙っておらず――

「っ……ぐっ!」

今度は前へ。毛が逆立つ感覚を抑え付け走る。
右手の刃でショットガンへ牽制――いや、もう読まれている。すでに右手が腰の刀へ向かっている。
それでも引かない。次の攻撃を避けカウンターを狙うため身体を無理矢理――

「うっ、ぶぇっ……!?」

後ろからの衝撃。
刀は抜刀されず、機構鞘がまるで蛇のように転回し、散葉の背を強かに打ちつけていた。

「げ、ぇえ…うぐ……」

胃の中の空気が吐き出され、後を追って別のものが上ってくる。
ようやく落ち着いて顔を上げた先にもう幻影は無く、木から折れ落ちてきた大きな枝が横に転がっているだけだった。

zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz

「くそっ、こんな気持ち悪さまで再現する必要ないだろ……」
近くの川で顔を洗い悪態を吐いて、ようやく一息つく。
「やっぱりダメ、か。」

『Belief』無しで使用時の動作に多少近付いてきている感覚はある。
だがそれは、圧倒的な力量の差を明確に見せ付けられているようなものだ。

いくら細かいダメージを与えても、ファイヴの異常な回復力と破壊力の前には風前の灯火。
さらに未来予知なんてインチキじみたサポートを得ても、堺の暴力と威迫はその灯りごと消し去る。

仮にあの時の力を通常時で出せるようになって、そこからヘッドギアの力で上乗せ出来たとして。
それで私は対抗できるだろうか?

答えは明白だった。

「何やってたんだろうな、こんな必死に。」
帰るべき場所を守るんだ、と息巻いていた感情も今はどこへやら。
鍛えれば鍛える程己の限界を感じるだけだ。
夜間の鍛錬は今日までにしよう。空いた時間は――

遠くに見える家の灯りを見る。
その中で今日も眠らず読書をしているはずの獣人の少年を思い。

「最近はあんまり遊んであげられてなかったしな……」

明日から何をして過ごそうか考えながら横になり、目を閉じる。

――何か大事なことを、忘れている気がする。
しかし疲れきった身体は思考を許さず、

紅狼散葉は眠った。


眠れる紅狼と眠れぬ蒼狼 #7 「失意の内に」

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