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眠れる紅狼と眠れぬ蒼狼 #4

闇夜を黒いコートが駆け抜ける。

その服は所々に、風穴が空いていた。

どれだけの時間が経ったか分からない。

何人かは片付けた。

それでも追手は未だに振り切れない。

「キリがねぇ…!」

吐き捨てる黒と赤の毛並に凶弾が掠る。

急げ。

今はただ、走るだけだ。


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散葉は郊外の、壁に囲まれた小さな公園に来ていた。

ここは環境課に入る前、初めてあの夢を見た場所だ。

最近は長時間ヘッドギア「Belief」を使う機会も無く、試験の際にごく短い時間だけ使うことが多い。

どれだけ短い時間でも使用後は眠ってしまうため、医務室で起きるたびにシエンさんに注意されている。

ヘッドギアを使った後の夢では必ず咲夜に出会うが、あれ以降あの黒赤の獣人は見ていない。

あいつもこの世界の住人なら、どこかで会うこともあるだろう。


夢の世界からモノを持って帰ることは出来ない。

しかし、ここで眠る前はヘッドギアを持っていなかったのに、目が覚めた時には私の頭にあった。

この公園に何かあるのかも知れない、そう考えて最近この場所へよく来ていた。

今のところ空振りし続けている訳だが。


「もうちょっと羽根の角度を……」

休日の今日、散葉は試作したドローンのテスト飛行をする為に来ていた。

市販品の自動飛行機能付きドローンに少し手を加えたものだ。

この公園の周囲は人もおらず、多少失敗しても迷惑を掛けないから良い。

開発/整備係で業務を続けて分かったことがある。

何かを作ってもらう提案をする時、仕様書に加えて簡単にでも良いから、形と機能が見て取れるサンプルを持っていった方が良いということだ。

必要な情報を伝えるのに、言葉や文字より物を見せた方が早いヒトが多い。

欲しい機能がしっかり決まっていれば、欲しくない機能を追加されにくいというのもあるけれど。

そんな訳である程度広く人もいない、この公園に来ていたのだった。

「うん、安定してる。送信される映像も……画質はアレだけど問題ないな。」

多くの状況において、高さという概念は凄まじいアドバンテージとなる。

単純に得られる情報が増えるし、動ける軸が一つ増えれば選択肢は無数に増える。

今試している機能――ドローンに後付けしたカメラからの映像を、散葉が付けているバイザーへリアルタイムに転送する機能は、正常に動作していた。

視界の端に、上空から見たぼやけた自分の姿と、距離や風向き等が表示され動いている。

散葉を中心とした自動飛行に加えて、バイザーを通して送った座標まで飛んでいかせる等、簡単な操作なら出来る。

こいつを使って索敵と運搬が出来るようになれば、有事の際に色々幅が広がるだろう。

「小型化した上で、どうにか私がぶら下がってもちょっと飛べたりしないかな……」

今のパワーでもスタンブレードや絶ち斬り鋏のような手持ちの武装ぐらいなら運べるだろうが、私がぶら下がったら1mmも浮かないだろう。

まあ素人の私にはどうにも出来そうに無い、性能向上は開発係へ投げよう。

テストを終え地上に降りたドローン羽根の回転が止まった時、ごく小さい音を散葉の耳が拾った。

人のいない建物群の先から聴こえたそれは、空気を裂くような音。

「銃声……?」

環境課へ確認の連絡を入れる。

当直の課員によれば、市民からそのような通報は受けて無いらしいが……

万一に備え対応できる課員の呼び出しを依頼し、散葉は音の方へ走り出す。

嫌な予感がしていた。

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「おや、やっと疲れちゃったかい?長い追いかけっこだったねぇ。」

走り続けた先に辿り着いた袋小路の空き地に、獣人が2人。

一方は黒コートを纏い壁に寄りかかった黒赤の狼。

他方はフードを被り、首元にドッグタグが光る灰狼。

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その左手にはジュースの缶。右手には、黒く染まるハンドガンが握られていた。

「あんなに動いて身体は大丈夫なのかい?おじさん心配しちゃうなぁ。」

「うるっせぇな…思ってもねぇことをペラペラと……」

複数人からの銃撃を伴う追跡から、今まで逃れ続けてきた。

今見えるのは目の前の灰狼だけだが、他に何人も隠れて様子を伺っているのは明白だった。

「…さて、もう逃げるのも諦めたみたいだし……そろそろそのヘッドギア、 おじさんに渡してくれるよね?」

銃を突き付けながら灰狼は聞く。

「諦めた……?やっと辿り着いたの間違いだぜ。」

満身創痍の黒赤の狼が寄りかかった壁。その上を越え、ドローンが飛び出したのはその時だった。

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「1人や2人じゃない……」

発砲音が聞こえた方へ近付くにつれ、散葉の耳は複数人の走る音や、カチャカチャと何かがぶつかり合う音を拾っていた。

周辺の地図を表示し、音の発信源が向かっている場所を確認する。

細い路地を抜けた先は、少し広い空き地があるだけだ。

用地買収に失敗し、その周囲をアパートが囲う形となったそこは、入口が1箇所しかなく、もし先ほど銃声の被害者がここへ向かっているなら、逃げ場を失ってしまう。

散葉は少しの時間考える。結論は最初から分かっているのに。悪いクセだ。

応援を待っている時間は、無い。

「……行くしかない。」

抱えていたドローンを起動し、カメラも起動。空き地の入り口の反対側からアパートを越えるようセットし、散葉は今はだれもいないアパートの内部へ足を進めた。

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「なんだいありゃ……アレ、キミのかい?」

灰狼は突如飛来したドローンに特別驚くことなく銃の照準を変え、素早く4発撃ち出した。

その銃弾に全ての羽を打ち抜かれたドローンは、浮力を失い墜落していく。

それと同時にアパートの3階の窓をぶち破り、大型の椅子が飛来する!

それを難なく躱した灰狼が向き直った時、椅子と共に飛び降りていた、もう一人の赤黒の獣人が――

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紅狼散葉がそこに立っていた。

「こちらは環境課だ!街中での発砲行為はあんた達で間違いないな。銃を下ろせ。」

「おや、面倒なことになっちゃったねぇ。」

「すでに応援も呼んでいる!滅多なことは考えないことだ。」

隠れているであろう相手にも聞こえるよう声を張る。

応援は呼んでいるとはいえ、到着するにはまだしばらくかかるだろうし、こちらの武装は携帯していた警棒だけだ。

ハッタリが効かなかったら……

「よぉ、助かったぜ。お前の匂いの方に来て正解だった。」

「…よりによって追われてたのあんたかよ。またヘッドギアを狙ったのか?」

「逆だ、逆。」

黒コートの獣人は、正面に立つ灰狼を指す。

「…お?へぇ、そっちの環境課の子もそのヘッドギアを持ってるのか!それじゃあここで一石二鳥……

と、いきたいところだけど『二兎を追う者は一兎をも得ず』って言うしね。キミたちもボクも狼だけど!」

ク、ク、クと笑いながらジュースの缶を呷ると、空になった缶を頭上に投げ上げ、

カン、カン、カァン、と空中で3発、当てて見せた。

その音を合図にしてか、隠れていたであろう数人が遠のく小さな足音が聞こえた。


「それじゃこれで弾も切れちゃったし、ありがたい忠告も受けたし。ここらで逃げさせてもらおっかな。」

撃ち終えた銃からマガジンを抜き取り、こちらへ放り投げてくる。

「逃がす訳……!」

警棒ではじき返した空のマガジンは、壁まで飛んでからんと音を立てた。

「あーあー、無理はするもんじゃないよ。それに環境課さんは、怪我をしてる市民を放って置くのかい?」

「……」

銃をホルスターに収め、じゃあねー、と言いながら空き地の出口へ歩いていく灰狼を横目に、散葉はその「怪我をしてる市民」の状態を確認しようと向き直り――


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以前、休日に私用で環境課の試験場を使わせて貰った時、同様に非番なのに訪れていた特殊対応係のゼアヒルド・ドーベルマンに、銃の扱い方を教えて欲しいと頼んだことがある。

今まで使用する機会が無かったし、最低限の基礎だけでも教わりたい。

ついでにあまり会うことの無い特対のヒトとの交流を……

それぐらいの軽い気持ちで頼んだ散葉だったが、結果的に数時間におよぶレクチャーを受けることになったのだった。

「知識の有る無しで生存率は天と地。知ろうと思えたなら今の内に吸収するべきだ。自分を守るためにも、仲間を守るためにも。」

その言葉と鋭い視線は、これまでの経験の苛酷さを想像するに難くないもので、断ることなんて出来なかった。


ハンドガンにマガジンを入れ、スライドを後方へ引ききり、離す。

「これでマガジンから銃内部のチャンバー……ここに一発装填されて、撃つごとに自動で一発装填されていく状態だ。マガジンを抜いて装填された分の一発を給弾すれば、マガジンの装弾数プラスチャンバーの1発がリロード無しで撃てる弾数になる。」

「突発的な戦闘が予想される場合は今のようにチャンバー内に装填された状態で持ち歩くことになるが、暴発の危険が無いとは言えない。単純に運搬する場合はマガジンを抜き、さっきと同じようにスライドを引いてチャンバー内の弾を排出するのを忘れないこと。」

「マガジンセーフティがある銃も多少はあるが、多くはチャンバー内に弾が入っていれば、マガジンを抜いても発射できてしまうからな。」


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悪寒。

それを感じ取ったと同時に、散葉は黒コートの袖を引っ掴み横っ飛びしていた。


銃声。

バランスを崩し倒れていた散葉が起き上がると、先ほどまで2人がいた場所の先、アパートの壁には一発の銃弾が撃ち込まれていた。


「おぉ、お見事。手間賃だけでも貰っていこうと思ったんだけどねぇ。」

空き地の入り口から、パチパチと乾いた拍手が聞こえる。

「それじゃこんどこそ、さようならー。」


しばらくして、足音は完全に聞こえなくなった。

「…悪いな、手を煩わせて。」

「いや、無事なら良かった。あんたも『守るべき市民』なんだから。」

「……チッ」


舌打ちしてそっぽを向いた黒コートの獣人の頭のヘッドギアに、散葉の目が吸い込まれる。

それは、赤い電撃をバチバチと迸らせていた。

「あんた……いつからそのヘッドギア、使ったままだ…?」

「……わかんね。」

「切れ!!今すぐ!!早く!!!」

散葉が叫ぶ。

「うるっせぇな……ちゃんと守ってくれるのかよ。」

「言われなくても分かってるから!!」

黒コートの獣人は面倒くさそうに頭を振ってから、ヘッドギア「Belief」の効力を切り、そしてすぐに寝息を立て始めた。

「こちら紅狼、要救助者1名。発砲した容疑者は逃走中!至急救援願います!」

まくし立てるような通信を終え、辺りが静寂に包まれる。

まだしばらくは2人だ。

膝の上で眠るヒトを見ながら、散葉は大きく息を吐いた。



眠れる紅狼と眠れぬ蒼狼 #4 「守られし者」


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