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選択の自由と責任

選択は自由だ。何を選んでも選ばなくても。最近の世の中の動きを見ていて、ふとそんな風に思った。

例えば会社を辞めようかと思って誰かに相談した時「無職になるのはお勧めしない、辞めるのは次を見つけてからにすれば?」と言われて、辞めるのを先延ばしにする。

それって相談した人に言われた通りにしたように見えるけれど、助言された通りにしたということは、相談してもしなくても、自分が「そうしたかった」ってことなんだ。


「これが自分の意見です」と言い切る、素の自分はこう思ってるんだ!っていうことに自信が持てなくて、自分はこうなんだってはっきり言えないから、人の意見を参考にしたふりをして「ほかの人も言ってるし・・・」なんて後ろ盾を得る感じ。

選択の結果、思った通りじゃなかったとか、期待外れだったりした時の「言い訳のための保険」に見えて仕方がない。自分で決めた、それだけのこと。うまくいってもいかなくても、結果は甘んじて受け入れればいいんじゃないのかな。いいじゃない?失敗したって。そこから修正すればいい。全部自分でやればいい。


他の人は、あなたの人生に何が起きても責任なんて取ってくれない。それは何かの組織であっても個人であっても同じこと。

自分の人生の責任は、自分にしか取れない。私たちは自分で次々と選択しながら生きている。その大事な選択をテレビやメディアや、周りの人が言ってる・やってるからと、そんなところに後ろ盾を見つけたところで、そんなものは屁のツッパリにもならないと私は思う。


自分で選んだ以上、何が起きても自分の責任。そう思ったら、何に対してももっと真剣に観察したり考えたり調べたりすると思う。

みんなで渡る赤信号はやっぱりおかしいんだよ。信号はちゃんと青になってからスキップしながら渡りたい。

2021年8月8日の朝に思った事。



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