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すごい寒波の思い出

今年は寒さが厳しい冬になる、昨年の秋の終わりごろにはそう言われていましたね。

確かに1〜2月はかなり冷え込む日も続いて、ベランダの多肉植物たちが凍っちゃわないか心配をしたけれど。私の住んでいる関西では、雪は何度かちらついただけで積もらなかった。なので、寒さ的には普段の冬とさほど変わらなかったという感じ。


春の暖かい日差しの中で、思い出した大寒波に遭遇したお話。

ひと冬だけ、アメリカのオハイオで過ごした事がある。場所はエリー湖に面しているクリーブランドの郊外。その年は記録的に猛烈に寒い冬だったらしく“ブリザード93”とかってテレビのニュースで流れていたのを覚えている。

クリーブランドは日本でいえば青森から函館ぐらいの緯度のところにあって、冬は結構雪が降る。そう聞いてはいたけれど、その時はもう尋常じゃなかった。

ひと冬しかいなかったから他の年との比較は出来ないけど、なんでも大きなサイクロンが発生してそこへ寒気が流れ込んで、大変な寒波になったらしい。数十年に一度?ぐらいの事だったようで、今調べてみたら「The 1993 Storm of the Century」と言われるほどだったようだ。かなり怖い状況だったみたい・・・その時知らなくてよかったかも?(∋_∈)


たまたまそんなすごい寒波にぶち当たった私は、日本では雪の積もらないところに住んでいるので雪国の支度には全く慣れておらず、色々とやらかした。

出かけようと思ったら車の上に30センチ以上雪が積もっている・・・ガラスまわりを除雪して、ドアを開けようと取っ手を引っ張ってもビクともしない。そう、ガッチリ凍りついている。。Σヽ(°Д°;)ノ これが数日続いた。

どうしよう、遅刻する〜!「お湯掛けてみたら?」ああなるほど!でもアパートの部屋からそんなに大量のお湯は一度に運べない。なんども往復して少しずつ溶かしても、行って帰ると「また凍っている」・・・出かける前に大騒動。

ドア周りの氷を溶かしたら、車に乗り込んでエンジンをかけてフロントガラスの氷を溶かす。溶けたらやっと走り出せる。タイヤはノーマル。今はわからないけど、当時アメリカでスタッドレスタイヤやチェーン装着車なんてなかったような。道路には大量の融雪剤を撒きまくるので、例年の冬程度なら大丈夫なのかもしれないけど。

車が通ったあと雪は一瞬溶けるけど、気温が低いのでそのあと凍ってツルピカになっていた。そんな道路を職場まで20分ほど走ってへ向かう。

何度も滑って、あとちょっとで交差点に突っ込む!というところで奇跡的に止まったことも何回もあった。今思えばかなり・・・運がよかった事を喜びたいと素直に思う。でも慣れるもので、だんだんとスピードとハンドル操作とブレーキの具合がわかり始めて、それほど怖くはなくなった。

ある日は帰りがけに猛吹雪になって、目の前真っ白!高速道路なのに、時速10キロの徐行運転しか出来なかった。今ならあれが「ホワイトアウト」で、めっちゃ危ない状況だってわかるけど、当時は・・・無知ほど強いものはない〜(∋_∈)


ちなみにアパートメントの部屋がとっても暖かかったのは救いだった。部屋の中では半袖で過ごせるぐらい、セントラルヒーティングになっていて全館暖房。居住エリアの中はエレベータも中廊下も暖かく、部屋の中は超乾燥していた。

数日で喉をやられ声がガラガラになったので、しばらくは枕元に霧吹きを置いて、夜中目が冷めるたびに顔の上あたりに霧を吹いていた。けれどそんなもんではなんの効果もなかったので、最終的には寝室の絨毯に水をまいて寝ていた。それでも朝までにカピカピに乾くの・・・どんだけ乾燥してんだか〜!


これほど極端な大寒波は一週間ぐらいだったか?期間は記憶にあまりないけど、それでも今思い返しても、かなり貴重な経験だったなぁ。

暖かくなってきて、そんな昔の冬の事をちょっと思い出したので、書き散らかしておきました。

おわり





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