「地誌学」は今も変わらず大切である:地誌学と系統地理学の関係について考えたこと
今回は、ある先生とお話したときに考えたことを、忘れないようにまとめておきます。その先生(今回はA先生とします)は長年にわたり海外を含む多様な地域の研究を続けてきた方で、詳細な実態調査を通して地誌を描くことが地理学において大切であると話してくれました。そのとき、以前私が考えていた地誌学と系統地理学との関係について、考え直す必要性を感じました。
「地誌学」とは?
私は地誌学の目的と内容について、「系統地理学の各分野の成果をふまえて、地域を総合的に説明する(描く)こと」を目指していると説明してきました。実際に、以前Twitterで「大学の地理学ってざっくり言うとどんな内容なんですか?」という質問をもらったとき、
「①自然環境(地形、気候など)を実際の観測結果や現地調査を元に研究する自然地理学②人間の生活や活動(経済、社会、文化など)がどこでどんなふうに、どんな広がりやつながりで展開しているのか考える人文地理学③特定の地域の特徴を様々な条件の関連性から研究する地誌学があります。」
と回答していました。ここでいう「人文地理学」と「自然地理学」、またそれらの中のさらに細かい専門(社会地理学、経済地理学、地形学、気候学など)のことを「系統地理学」と一般的に呼ぶので、私もそうした枠組みで考えてきました。また、別の機会で地誌学の話題が上がったときは、「地誌学は特定の専門分野ではなく、何らかの系統地理学の研究者が地域を設定して行うもの」であると説明したこともありました。
「地誌学は系統地理学の寄せ集めではない」?
しかしA先生は、「地誌学は系統地理学の寄せ集めではないですよ」と、はっきりと私に教えてくださいました。私の認識を正すような言い方ではなく、これまでの経験をふまえたあたたかい話し方でした。A先生によれば、「地誌は、地域をどのようにとらえたいのか、それぞれの研究者が明確なビジョンを持って考え、調べることではじめて成立する」とのことです。そして、そうした地域の全体性をとらえる「地誌学」の意味は、まだ失われていないと話してくれました。
私はこの話を聞いて、以前から漠然と考えていたモヤモヤがすっきりするのを感じました。私は自分の学んだ専門分野を語るとき、「〇〇地理学です」と名乗ることに以前から少し抵抗を感じていました。普段はとりあえずそのモヤモヤを濁して、「人文地理学」と表現することが多いです。A先生によれば、最終的には「形容詞のない地理学」が理想だとのことでした。
専門は「○○地理学」?
今回の経験がとても嬉しかったということを、文章に残しておきたいと感じました。これまで、地域を詳しく調べ、フィールドワークを重ねるだけでは、地域の調査にはなっても研究と呼べないかもしれないという不安がありました。しかし、自分が「地域をどのようにとらえているのか」をしっかり自覚して研究に取り組めば、必ずしも「◆◆地理学」を名乗らなくても、自信を持って研究成果をまとめることができると再認識できました。
「地域をどのようにとらえているのか」という視点
A先生には、もう一つ大切なことを教えてもらいました。自分が持つ地域への認識に加え、「そこに住む人たちが地域をどのように考えているのか」、「政策立案をする人たちがどのように考えているのか」についても十分に意識する必要があるということです。それは、地域調査に協力してくれる住民や行政機関がもつ地域のビジョンと、私たちが持つ地域のビジョンとの間のズレを意識するために重要であるとのことでした。それらは一致している必要はないけれど、「どのようなズレがあるのか」を理解しておかないと、「研究者のための研究」になってしまうということだと思います。
「地誌学」は今も変わらず大切である
ということで、今回はある先生と話したことをきっかけに考えた「地誌学」という言葉に関する再認識のお話でした。地理学を研究している皆さんや、高校までの系統地理と地誌を学んだ皆さん、そして中学校・高校で地理を教えている先生方は、今回の文章についてどのように感じられたでしょうか。いつかこの文章を読んでくださった方とも議論する場があると嬉しいです。
最後に一冊本を紹介します。中村和郎・岩田修二編(1986)『地誌学を考える』(古今書院)です。
少し高い本ですが、以前どなたかに譲っていただいて書棚にあり、改めて読み返しました。最後のパートの「討論 地誌学を考える」で数名の地理学者が地誌学について考えを述べあっており、とても勉強になります。
「地誌学は今も変わらず大切である」というのが、現段階での私の考えです。ただ、なぜ大切なのかについては、まだ考えが整理できていませんし、十分な説明もできません。また、地誌学を議論するにしても、国内の研究と海外の研究ではまた文脈が違いますし、私には海外研究の経験はほぼないため、総合的な議論はできません。「地誌学」が持つ意味について、今後も幅広い意見を聞いたり読んだしながら、考えを深めていきます。
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