『鳥獣戯画』

 
 
第一章 最初の週末
 
1       龍の髭
 
勢いよくトマトジュースを飲んでいる。
特段これが好きなわけではないのだけれども、ただ家にそれだけがあったので。
自転車を川沿いのフェンスの横に留め、春の空気を胸いっぱいに吸いながら。
あたりには田植え後の緑がゆらゆらと風に揺れている。ふと空を見上げると大きな雲がのんびり動いていく。
その横を優雅に泳ぐ龍。
銀のリボンテープのようなものが、中空をひらひらと泳いでいる。時折その身を太陽に照らされて、その身のうろこで光は拡散されて。まぶしい光がささるように周囲を照らす。
ここら辺ではもうそんなに見られなくなったと聞いていたけど、家から自転車を1時間も走らせれば、まだまだこんなに立派なものが見られるのだ。
いつのまにか私の隣でやはり龍の様子を楽しむ老人が声をかけてくる。
「お兄さん。あれが太古龍の生き残りだなんて言ったら信じますか」
私はぎょっとした。『太古龍』それこそ図書館でしか見たこともなかった龍種だ。
「そんな訳…あるんですか?」
老人は笑いながら
「ええ。そうでしょうな。今じゃすっかり貴重になってしまってね。誰に言っても耳を貸してくれやしないのだけれどね。頭の角の後ろに少し黄色い筋が入っているだろ。あれなんかは本当に太古龍の特徴なんだが、、、、」
図書館で得ていた知識をフル稼働させていく。
「太古龍がもし本当に生きているなら、もう何千年と生きているって事ですか…」
「そうさ、あれは私の曾じいちゃんのころからここにいてね。ここらの農作物を見守っているのさ」
「でも、太古龍なんて言ってしまうと、供物が必要だとか…って何かで読んだことがありますが…」
「ははは。だから村のものじゃないものがこの町を訪れるとありがたいものなんだよ」
老人の目が光ったように思えた。
私の背中に汗が一筋流れるのを感じる。
「ははは。冗談ですよ」老人は笑いながら、私に言葉をかける。
「太古龍はそんな風に言われています。だけれど、それは知らないものに対しての人間の在り方なんですな。そんな風に言われるからよそにいたものはみんなつぶされてしまったんです。人間は自分の知らないものを恐れては除していく。そういう意味じゃ人間が一番恐ろしいですな」
確かに太古龍の話はそういう風に聞いてはいたが、実際に生きているものを見たものも少ないだろう。噂は尾ひれとはひれと偏見を生むものだ。改めてそう思った。
老人は空を眺めている。どこか孫を見るようでもあり、何十年来の連れ添いの姿をそれに重ねている様。
龍はそんな僕らが眺めていることを知っているのか気にしていないのか、自由に空にその身をくねらせて。芸術作品のように空の青のキャンバスを好きなように、自由を踊っている。いつまでも見とれていると、いつの間にか老人は行ってしまっていた。腹が減っていたことを思い出した私は、自転車にぶら下げていたバックから今朝握ったお結びを一つ取り出しそれをほおばる。その時々も目の端にはあの龍の姿をとらえ。少しでも長く(彼?彼女?かもしれないがとの)逢瀬を楽しんでいた。
夕方になりカラスたちが騒ぎ始めると、私は自転車にまたがり帰路に就いた。
またここに来よう。また太古龍に会いに来よう。
背中に太古龍のいななきが聞こえた気がした。
『又来いよ』そういわれた気になって私の口元が緩む。

そんな日曜日。

ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん