鳥獣戯画 2

 
2       KOONI
 
アパートの階段を降りる。
雨の日はいつも憂鬱で頭の毛がまとまらなくて。いらいらする思いだ。2階に住んでいる私は、玄関にまで下りてきて傘がないことに気が付く。
『傘忘れたの?』玄関の前で外を見ている赤い小鬼が訪ねてくる。
「いつものことだから」そう、いつも私は傘を忘れてしまう。いつだってそれに腹が立つ。そう言って部屋に取りに帰ろうとしたところ。
『これ使っていいよ』赤い小鬼は透明のビニール傘を私に手渡してくる。
「あ、助かるわ」私はありがたく貸してもらうようにした。
『前にここを出ていった人が置いていったものだから、一つも気にしなくていいよ。もうその人もいなくなって長いからさ』
「そうなんだ」いつも朝ここに彼は立っている。たまにいない日もあったりするけれど雨の日は、ほとんどここに立っている気がする。そして決まって彼とは、『行ってらっしゃい』とか『おかえり』とか『寒いね』とか『明るいね』って挨拶のやり取りだけだった。けれどこの日はこんなことがあったものだから、少し彼との会話を楽しんだ。
「君はいつくらいから、ここにいるの」いつものやり取りとは違う会話に彼は少し驚いた様子だ。けれど彼は恥ずかしそうにしながら
『いつからだろう。僕らはあまりそういうことを考えて生きていないからなぁ。例えば、そこに生えている欅の木にあなたはいつからそこに居るんですかって聞いているようなもんでさ。僕も気が付いたらここにいたって感じでね。もうすっかり昔のことなんで忘れていたなぁ。ま、ここの居心地もいいし、よそに行くのも今更めんどうくさいしね』
言葉を遮るように私は
「でもさ、君はどこにだって行けるのだろう?」
『まあね。でも別に僕がどこかに行こうが、ここにいようが何一つも変わらないからね。もし他の所に行って僕と似たような奴がいたりすると面倒くさいことあるもからね』
「なるほど、そんなものなんだね」私はひとつ会釈して、傘を借りると玄関を後にした。
大きい目をした小鬼は
『いってらっしゃい』とだけ。
その日夜、家に帰ると、あの小鬼の姿はどこにもなかった。
と言うよりも、それ以降彼の姿はどこにもなくなっていたんだ。
次の日の朝も、次の雨の日の朝も。彼の姿を見ることはなかった。
もしかしたら彼は、私との会話でそこに居る意味を考えてしまって。
それからどこか違う場所を目指してしまったのかもしれない。
なので彼に私は、まだあの時の傘を返せていない。それは彼の傘と言う意味では違うのかもしれないけれど。
だけれど、もし今度彼が帰ってきたら、もっと話をしようと思う。

色々考えた月曜日

ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん