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大奥(PTA) 第五話 【第一章 吹き矢のゆくえ】
【第一章 吹き矢のゆくえ】
「先程、お庭で待ちくたびれて遊んでおりました折、他の組の子を突き飛ばしてしまいまして、幸い……」
正義感のお強い染子様は、お師様の話を途中で遮ると、
「なんと、うちの直澄がその様な狼藉、よそのお子様に対し、何という申し訳の立たぬ事を。直澄はもともと聞かん気の強い息子でございます上、体の弱い兄君に手がかかる余り、つい甘やかして育ててしまいまして……。嗚呼、こうしては居られますまい。お師様、すぐに私も参りましょう」
「ええい、待たれよ!」
瀧山様は仰います。
「ここを何処だと思うておるのだ。お役が決まるまでここを出てはならない、ここ大奥(PTA)の掟を知ってのお振る舞いか?」
「なんと、この様な火急の折にもまだ掟が勝ると仰るか!」
染子様はお怒りに任せ、後先考えずに、ついにこう口走っておしまいになる。
「ええい、もう良いわ! 私が御組取締(クラス委員)をお引き受け致しましょう。方々、それで宜しいですね!」
染子様が畳をばあん、と一つお叩きになり立ち上がられると、方々をぐるりと一瞥なさりました。その勢いに一同飲み込まれ、声を発する者は一人もおられません。
「さあ、お師様、急ぎ参りましょう。七ツ口はどちらです?」
染子様はお師様とともに、お庭に駆け出して行かれたので御座います。
御組取締 井伊染子様
御右筆(書記)がお名を書き留めなさると、残りのお役はただ一つ、御吟味方(選出委員)のみとなりました。
染子様が七ツ口に消えて行かれるのを見送りながら、安子様は思われました。
あの方ほど御無理な状況の御方ですら奥勤め(PTA役員)を免除して頂けず、初めから無碍に御却下なさるおつもりだったなら、一体どうしてわざわざ皆の前で、お一人お一人の引き受けられぬ個人的な事情などお尋ねになる必要がございましょう。他の方々も、辛いご事情をわざわざ皆の前で晒さなくてはならないとは、これではまるで弱い者いじめではないか。
<御町内見廻(町内会)>
さて、引き続き引き受けられぬ理由の御陳述が続きます。
次のお母御はこう仰られます。
「私は昨年、御町内見廻(町内会)の御年寄(会長)のお役を、地域の御縁でやむなく引き受けたばかりにござります。また、お子がいるため、地域御縁日取締(こども会会長)までも兼任させられており、本年はとてもとても手一杯にござります」
また別の方は、表(会社)でのお勤めが満日(フルタイム)でお有りになる為、お子様を放課後に御学童御預り所(学童保育)にお預けしている都合、お勤め帰りの夜間やら御休日には、殆ど全ての時間を御学童大奥(学童PTA)の御当番に奔走されていらっしゃり、更には持病もお有りになるのに、一日たりとも休む暇もない、これでは何のための御学童預り所(学童保育)であるのか、とお嘆きになる。
ほんにまあ、御父母、特におなごが担う役割の余りに多き事か。体がいくつあっても足りるものでは御座いませぬ。まことに、わりなきこと哉。
「なるほど、方々の御言い分は一通り伺いました。しかし本寺子屋の大奥(PTA)は、お子様方のための組織に御座います。お母御たる者、若しお子様が可愛いとお思いであるならば、多少の労苦を惜しむものでもありますまい」
瀧山様にそこを突かれると、一同返すお言葉も無く、更なる沈黙が続くのみに御座いました。
お天道様は更に西に傾き、昼八ツ半(午後3時)少し前になっておりました。最後の一役、御吟味方が決まれば、皆様ここから解放され、愛しき我が子とお庭で御寫眞御撮影と相なる訳に御座います。
その時、方々の沈黙を破る様に、式が終わって御錠口が閉められたあと最初にご挨拶なされた御組総取締(クラス委員長)の春日様が、険しい御表情で雪組進行役の瀧山様の元へおいでになり、御叱責なさいます。
「これ、瀧山! 他の御組は皆、全てのお役が決まり、只今最後の月組が御寫眞御撮影に入っておる。もたもたしておると、御寫眞師がお帰りになってしまわれるではないか。」
「は、はい。申し訳もござりませぬ。五つのお役のうち四つまでは決まりまして、あと一つ御吟味方(選出委員)だけが如何様にも…。」と、瀧山様が畏まって春日様に申し上げました。
御組総取締(クラス委員長)の春日様が、雪組の御父母の輪をぐるりと一瞥した時、安子様の数え三つ(2歳)の娘、花子様が、
「お母様、まあだ?」と小さくお声を上げられました。
瀧山様は安子様の方に視線を向けるとこうおっしゃいます。
「そなたは如何か? 御吟味方をお引き受けになるおつもりはござらぬか」
皆の前で名指しされて、身の固まる思いの安子様でしたが、勇気を振り絞り、こうお答えになりました。
「どうかお許しください、私めには、こちらに通う太郎の他に、数え三つ(2歳)のこの花子がおり、更に只今、身重の身に御座います。このような折、いかにしてお勤めを果たすことが出来ましょうや。どうか此度だけは、お役目をお免じ頂くことはかないませんでしょうか?」
安子様は切々と訴えるのだが、御組総取締(クラス委員長) の春日様は厳しい表情をなさり、お役をお免じになるご様子はない。
「誰ぞ、ほかに御吟味方をお引き受けになれる者はおらぬのか!」
御組総取締(クラス委員長)の春日様のお言葉に、ご一同、ふたたび沈黙でお応えするのみに御座います。
「ならば他に打つ手はござらぬな。江島、吹き矢を」
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