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大奥(PTA) 第六話 【第一章 吹き矢のゆくえ】
【第一章 吹き矢のゆくえ】
<吹き矢のゆくえ>
「は。かしこまりました」
御右筆の江島様が懐より取り出だしたるは、大奥(PTA)に代々伝わる御紋の入った一尺(約30cm)ほどの、つやつやと艶を放つ黒竹にて作られた、節竹筒と矢筒にござりました。
「瀧山、この御組はご欠席の者は居らぬな」
春日様が仰ると、瀧山様はお答え申し上げます。
「はい、皆様お揃いに御座います」
「宜しい。では方々、ご家族よりおのおの御一人、外向きに輪になりお立ち下され。
これより、吹き矢により御吟味方(選出委員)を決する事とする。」
春日様の張りのあるお声のみが、大広間に響き渡ったので御座います。
晴れの寿ぎの場にふさわしく、お母御方は色とりどりの搔取(打掛)に身を包んでおられます。春を象徴するはつれ雪に、捻り梅紋様をあしらった淡い金色の梅花雪輪取りのお打掛を羽織られた方、めでたき吉祥の御文様である青海紋の地に、菊や桜を描いた薄青色の菊花青海紋のお打掛は目にも鮮やか、かと思えば、こちらは鮮やかなひわ色の地に、金箔の雲取りを配した若々しいお打掛など、皆様彩を競っておいでになられます。
そうした御衣装の女人方が色とりどりに数十人輪になられておいでなのですから、それはそれは華やかな御光景にございました。
ご子息の件でお師様に呼ばれ、お庭に出ておられました染子様も、この時にはもうお戻りになっておられましたが、御組取締(クラス委員)にすでにお決まりであるので、輪の中には加わりません。
安子様が吹き矢の輪の中に入られようとした時、お小さい花子様を気にかけられた染子様が、
「どうぞ、行っていってらっしゃいませ。吹き矢の間、私が抱いて居て差し上げましょう」
と仰って下さりましたので、安子様はお言葉に甘えて、花子様を染子様の御手にお預けになると、染子様に深く御一礼なさってから、輪の中にお入りになられました。
「では、中へ」
方々の輪のまん中に、御組総取締(クラス委員長)の春日様、御右筆(書記)の江島様、御錠口の瀧山様の御三方が入られます。
瀧山様と江島様は御搔取(打掛)を腰巻になさり、お袖を紐で括り、瀧山様は江島様より節竹筒と矢筒を捧げ拝しお預かりすると、矢筒より取り出だしたる一本の吹き矢を節竹筒に恭しく御装填なさり、江島様は瀧山様の額に鉢巻にて目隠しをされました。
「江島、御回しなされ。わらわが良きところでお声がけする」
との春日様のお言葉に、
「はっ」
と江島様がお返事なさると、瀧山様のお身体をくるくるとお回しになります。お母御の方々の御打掛の袘(裾部分)は、ひわ色、青藤、蘇芳に鴇色、紅梅色等、色とりどりに取り囲み、まさに百花繚乱、見応えのあるものに御座います。
皆さまお子がいらっしゃるとは言え、たれもがうら若くお美しく、まさに華の盛りに御座いましょう。
安子様はその時、薄紅梅色の地に、落ち着いた色目の大ぶりの牡丹があしらわれた御打掛を羽織られ、襟元には濃き紅梅色の半衿、お足元には唐紅の綿入の裾袘が映え、晴れの日にふさわしい匂いやかな出立ちでお立ちになっていらっしゃいました。
その時、
「江島、止めい」
御組総取締の春日様の御声が響き渡ると、
「はは」
と御右筆の江島様が、目隠しなされた御錠口の瀧山様の肩をお叩きになり、
「いざ」
とお促しなさる。瀧山様は勢い良く、黒光りのする節竹筒を、皆様の打掛の裾袘の辺りを目掛けてお吹きになりました。
すとっ、と刺さる音がすると、色とりどりの御衣装に身を包み輪になられたご婦人方が、まるで花火の如く思わず散り散りにその場をお離れになりました。
「あっ」
安子様も動こうとなさるが、どうしてもその場を離れる事がお出来にならない。何故なら、その唐紅の裾袘には、円錐形で赤銅色の吹き矢が刺さっておいででしたから。
「雪組 御吟味方(選出委員)、牧野安子様に決せり」
その場に射すくめられたまま、安子様は春日様のお声を耳にされたので御座います。
第二章に続く。
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