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飛んでバイトリーダー

少し時は遡るが、蔓延防止前夜。私は盛り場にいた。

いつもの立ち飲み屋。
どんなにコロナが蔓延しても、常に平常運転の一本筋の通ったお店。

一週間、人と会わずテレワークを続けた自分へのご褒美タイムである。
女子はスタバでキャラメルクリームフラペチーノ。私は立ち飲み屋でウーロンハイだ。

ふらっと店内に入ると、先客がいた。
何故か立ち飲み屋にいつも入りびったている常連の20代の娘だ。
この娘は、近頃の若娘感がまるでない、どうも喋り方がちびまる子ちゃん口調の少しくたびれた脱力系の娘だ。
あまりガヤガヤされてもおじさんには当たりが強すぎるので、これくらいの温度感の方が一緒に飲むにはちょうどいい。

しかし、いつもくたびれているこの娘に珍しく男の連れがいる。
普段は寡黙なのに、どうもこの日は饒舌で、どこか楽しそうだ。

「何?彼氏?」と聞いてみると、明確に答えず、モジモジしている。
きっと彼氏なのだろう。
やはり、そこは20代の小娘。どこか幸せそうだ。

一方の彼氏。
私とその娘が喋っていても、一瞥もくれずスマホをいじっている。
まあ近頃のコミ障の若者然としているが、こちらの会話に聞き耳を立てているのは分かる。

娘も少し気まずいのか、「挨拶くらいしなよ」と妻然の小言を言うのを私は微笑ましく見ていた。

まあモジモジコミ障くんを放置する程、私も嫌なやつでもないし、どうやら一見の場に溶け込めていないだけのスマホ逃避行のようなので、目上の私が彼に話しかけ、アイスブレイクを図ると、やがてその彼氏も輪に加わり、会話がスタートした。

「何歳なの?」
「30っす!」

「へー、仕事は?」
「してないっす!」
「…」

「へー、ずっとニート?」
「バイトリーダーしてました!今日で辞めてやりました!」
「…」

「どうやって生計立ててるの?」
「コイツの家(その女の子を親指で指し指し)で今世話になってるっす!今日、競馬で二万負けたっす!」
「…」

無邪気に話す。

私は、無言で娘を一瞥すると、「すいません、うちのバカ息子が、、」の苦笑いをしている。

まあ、まだ若い。
少し自分探しの休息も必要な年頃だ。
その娘も、普段男っ気がない娘なので、女の顔になっているのがどこか微笑ましい。

私は、その娘へのお祝い、無職になったバイトリーダーへの激励の意味も込めて、一杯奢る。
バイトリーダーも徐々に饒舌になり、色々と自分語りを始めた。
気のいいにいちゃんである。

一通り、その二人の話を根掘り葉掘りした私は、飽きたので河岸を変える事にした。

会計を済ませて表に出ると、そのにいちゃんが表まで見送りに出てきてくれた。
「楽しかったす!」
気のいいにいちゃんである。

彼女の娘は店内で店長と喋っている。

「頑張りなね」と一通り別れ際の小話をしていると、そのバイトリーダーを取り囲むように4〜5人の男女が現れた。
歳の頃は20代くらいだろうか。そのバイトリーダーより若干年下なのは分かる。

その人集りの一人の小娘が泣き出しそうな顔をしつつ、「何してるんですか?自分が何したか分かってます?」と物憂げな顔でバイトリーダーを見つめ、一方でそのうちの一人の男の子はバイトリーダーの首根っこを掴み始めた。
確実に逃げ道は塞がれ、バイトリーダーは状況を飲み込んではいるものの、顔は急に真顔に戻せないのか、私との別れの余韻笑顔を残しつつ、変な笑顔になっている。

話を聞いていると、どうやらそのバイトリーダー、店の売上を持って飛んだらしい。
そして、バイト軍団の捜査網に引っかかった、というワケだ。
しかも脇の甘いそのバイトリーダーは、勤め先から目と鼻のこの立ち飲み屋で、その売上で無邪気に飲んでいたらしい。

昔、近所の幼馴染と木登りをしていて、私を追いかけて登ってくる友人が「待てー」と笑顔で登ってくるところで手を滑らし、その満面の笑みのまま落下した事がある。
何故かその一コマを私は思い出していた。
楽しい時間からの急転直下というか、、。

バイト娘「なんで、あんな事したんですか?」
バイトリーダー「…」

バイト娘「みんなで頑張って稼いだお金じゃないですか?」
バイトリーダー「…」

バイト娘「家にも電話しました。奥さん、心配されてますよ。お子さんどうするんですか?」
バイトリーダー「…」
私「…」

いよいよ、私まで怒られているような気になってきてしまった。

もう一度、私は店内を一瞥すると、バイトリーダーの彼女?の娘は、楽しそうに店長と話している。

私は無性に哀しい気持ちになった。

その後の展開を見届ける程、私も野暮ではない。
「じゃあ、俺、先行くね」と羽交い締めにされている人に別れの挨拶をするなんて機会そうそうないだろうが、まだ変な笑顔を続けている彼に手を振り、私は夜の街を後にした。

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