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短編『何も気にならなくなる薬』その86

覆面レスラー

桜田門外の変

延期

今回はこの三つ。
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プロレスというのは台本がある。
それを言ってしまえば元も子もないが、そういうエンターテインメントなのだ。
プロレス界きっての出来事、かの桜田門外の変では、あの有名な覆面レスラーが謎の死を遂げた。
何者かに暗殺をされたのだ。
敵対する組織によるものなのか、それとも彼の人気を呪ったものの凶行なのか。
それは誰にもわからない。
そのニュースは瞬く間にプロレス界、ひいては一般人の目にもとまった。
「どうします。思ったより大事になってますけど」
「いや、だってあれは演出だよ?オレ、死んでないよ」
「いや、そうなんですけど、場所が場所だし、急に傷口が開いてあんなに血が出たら誰だって死んだと思いますよ」
「いや、あれは血糊だし、そもそもスタッフが量を入れすぎだろう」
「一応台本としては来週に実は生きていたという登場の仕方をするのですが」
「いやいやいやいや、台本としてはそれでいいけど、それに見合う登場の仕方できる?想像しただけでお腹痛くなってきた」
「どうします?延期します」
「いや、あんまり延期をすると本当に死んだと思われかねない。腹をくくる」

そうして当日。
大量の花束、覆面レスラーの死を弔う演出。
棺桶から彼が復活する。
「きゃー、生き返った」
「彼は不死身だ」
「生きているって信じてたぞ!」

必殺覆面返しを決めた彼は大勢の拍手のなか舞台を去った。
「やはり大盛況でしたよ。ファンからの手紙が溢れんばかりです」
「騙していたとはいえ、それは嬉しいな」
「いくつか読み上げましょうか」
「あぁ、頼むよ」
「おかえり、私のヒーロー」
「生きてると信じてた」
「俺のプロレスへの愛は不死身だ」

「うんうん、うれしいね」
「今回はファンへのお返しも企画してまして、すべての手紙を確認する必要があるのですが、アンチはどうしましょう」
「あぁ、それはファンに含めん」

美味しいご飯を食べます。