ガンダムで人を救う男

10月21日にYouTubeチャンネル「ガンダムチャンネル」で一年前から毎週話無料公開されてきた「∀ガンダム」が最終回を迎えた。
1999年に放送され、俗に言う髭のガンダムや黒歴史という言葉が一般ミーム化した作品として有名な富野由悠季監督作品。
工業系デザイナーとして「ブレードランナー」などで有名なシド・ミード氏のメカデザイン、"あきまん"こと安田朗氏によるキャラクターデザインによって、牧歌的な、中世的な世界観とSF作品としてのガンダムとして、今尚シリーズの中では唯一の存在として知られているが、
もうひとつ特筆すべきはガンダムシリーズ全てを総括しようとした作品であること。

虫食いのような形で既に観てはいたものの、一年前から毎週一話ずつじっくりゆっくり観たのはこれが初めて。
途中劇場版の二部作を挟んだりしたが、初代ガンダム劇場版の三部作と違い、この「∀ガンダム」は高畑勲イズムとも言うべき日常描写を丁寧に描こうとするきらいがひしひしと感じた。
なので、描写が尺の都合上省かれてしまう劇場版よりもテレビ版での視聴はこれまでの富野監督による劇場ガンダムより必要不可欠なものと思える。
というのも、毎話に差し込まれる小さな描写から富野監督の戦争観ガンダムのアイドル性、そしてこの作品をもって全てのガンダムにケリをつけるという意気込みが、日常描写の中に入っているから。


今作のヒロイン、月の女王ディアナ・ソレルと、その姿が瓜二つである地球人のキエル・ハイムは、共にガンダムという存在を象徴していると言ってもいい。
それはオープニングの時点で今作の主役機である∀ガンダムとディアナがオーバーラップしたりする映像や、作中におけるディアナがまるでアイドルかのように慕われていること。
そしてディアナと瓜二つの姿であるキエルが、後にディアナとすり替わりをして大衆を治めようとすることなど、要所にガンダムというコンテンツそのものを表現したとも見える描写がある。
すなわち、ガンダムの兵器としての側面を主役機に落とし込み、
ガンダムのアイドル性をディアナに落とし込み、
ガンダムの原作者の手から離れて派生するコンテンツとしての側面をキエルに落とし込んだ。

1989年に刊行された富野監督による小説「閃光のハサウェイ」をもって、
1979年の初代ガンダムのメインであるアムロ・レイシャア・アズナブルの物語は終わりを告げる。
後に続く「ガンダムF91」や「Vガンダム」には初代ガンダムからの続き物であるという色は薄くなった。
それは富野監督自らが脱ガンダムを目指して苦心していたからであったとも言われ、後に「∀ガンダム」誕生に至る経緯とも言える。

物語的にもわかりやすく過去のガンダムの総括という形で描かれているが、最終話においてターンXとの相討ちの際、∀ガンダムのほうは旧作ではお馴染みだったコックピットがある腹部に攻撃が加えられ、貫かれている。
(この作品ではコックピットは機体の股間部分にある)
おそらくは製作に至るまでの経緯や当時のガンダムというコンテンツについて思うこと、更には現状を俯瞰してみて、最終的に富野監督はこの最後の一撃が全てのガンダムに終止符を打つための意味合いで描写したのかもしれない。
また、「月の繭」をバックに、老衰し、余生を暮らすディアナと、代わりに月の統治をするようになったキエルという描写は、富野監督が考える世代交代というようにも見える。
その前にはコレンの台詞にて「∀だって…時代を拓けるはずだ!」と叫んでいたりするなど、この作品における登場人物たちはなにかしら富野監督の思想の一部分を表現しているとも言え、それらはすべて矛盾しあいながらもガンダムを総括しようとするという、富野監督の強烈な意志をもとに「∀ガンダム」という作品は完成したと思われる。


奇遇にもこの∀ガンダムが放送されたのは旧劇場版のエヴァンゲリオンが公開された後。
かの作品も同様に自身の作品に靡く業界人ならびにファン共々から脱却しようとする作者の思想を描いたものであった。
ただ「∀ガンダム」はコレンの台詞や劇場版のキャッチコピー「人は癒され、ガンダムを呼ぶ!」の言葉からわかるように、ガンダムというコンテンツが観る人々に希望を持たせるものであろうとする、あくまでポジティブな作品思想を基に製作されたと考えられる。
それは、初代ガンダムが熱心なファンに支えられてここまで大きくなったことや、作中主人公のロランが「人の英知が生み出した物なら!人を救ってみせろ!」と語ったように、
アニメというのも間違いなく人の英知が生み出したものである
今日、富野監督が今尚「Gのレコンギスタ」等、前線に立とうとするのは、
アニメという媒体を通して、人を救いたい、救う気持ちにさせたいというのをベテランの義務として捉えているからかもしれない。

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