蘭は詩人が残したひとつの瞳だった
蘭は詩人が残したひとつの瞳だった
虹彩の色は汚れを払拭するわけではない
映り込んだものは見者の永遠に切れ目を入れる
ところどころに文字のかたちが見え隠れして
冥府へと飛び立っていくのを見送る羽目になる
追いかけていこうとする君に詩人は言う
文字の手を侮るなと
それは人魚の手に似て相手の耳を塞ぐ真似をしながら
死の歌をしなやかな指先から放って
たゆたう麻痺の波に抗えないよう夢を見させる
虹彩を泳ぐ鰓を潰した小魚が溺れていく夢を
夢から覚めた蘭は人魚の乳房に釘付けになる
その間に人魚の無防備な手首に瞳の種を植え付けるのだ
詩人の言うことを聞かずに君は
縋り付こうとする文字の手を振り切って
転がり落ちた瞳の種を踏み潰してしまうことだろう
見ることへの明晰な拒絶は淡い夜の断片を
詩人の手に突き返された花束のように贈り与える
切断面から滲み出る韻律を讃えて
誰ひとり聞く者のいない平原を見出して
朽ちた蘭は雀蜂に似た文字を排出する
読まれることのない永遠として
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