ギルガメシュ叙事詩

殴り合ったすえに「お前すごいな」「お前こそ」のフォーマットの元祖──『ギルガメシュ叙事詩』(矢島文夫訳、ちくま学芸文庫)

 『ギルガメシュ叙事詩』のもととなった神話は、紀元前2000年ごろには成立していたという説もある。以前「ギルガメシュとアッガ」について書いたように、これはもともとシュメールの神話群だ。

 けれどこれを集大成した形で叙事詩にまとめているのは、アッカド語によるものである。
 シュメール語版もあったと思われるが、それがアッカド語になってからも改変や追加がなされたようだ。
 19世紀後半に発見・解読されたニネヴェ版の書板からの日本語訳が本書『ギルガメシュ叙事詩』(矢島文夫訳、ちくま学芸文庫)。

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 ヒーロー(hero、英雄、主人公)の語源であるギリシア語ἥρως (hērōs、へーロース)はもともと「守備する者」という意味だそうだが、のちに「半神半人」という出自のキャラクターをおもにさすことが多くなったという。たいていはゼウスなどの男性神が人間の女性と性交渉してできた子どもがἥρωςになる。

 ところが本作のギルガメシュ(𒄑𒂆𒈦,  Gilgameš、あるいはビルガメシュ Bilgameš)は半神半人でもなく、人三化七でもなく、神2:人1という中途半端なカクテルだ。酢:醤油を3:2で混ぜる二杯酢みたいな英雄である。

 彼は当初南メソポタミア、ウルクの暴君だった。困った人々に懇請された天神アヌはアルル女神に命じて、刺客であるエンキドゥを創造させる。両雄は全力でぶつかりあう──

ギルガメシュとエンキドゥは
牡牛のように強くつかみあった
壁がわれ、戸はこわれた〔第二の書板6(テキストC)第19-23行〕

ところがそのあと、

ギルガメシュは膝をかがめ
両足を地面につけた
彼の怒りはしずまり
彼はくびすをかえした
彼がくびすをかえすと
エンキドゥはギルガメシュにむかって言った
「お前の母はお前を第一のものとして生んだのだ
〔…〕
お前の頭は人びとのうえに高められ
人びとに対する王の位を
エンリル〔都市ニップルの守護神〕はお前に授けられたのだ」〔第22-37行〕

 なんだこれ。
 いわゆる「全力でぶつかりあったあと友情が芽生えるパターン」ではないか。『ゴリラーマン』にも『ジョジョ』にもあったような気がするが……。

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 たがいに実力を認めあったあとは、共通する敵を倒しに行くに決まっている。ふたりは杉の森の怪物フンババを退治しにいく。

 老賢者的なアドヴァイザーである酒場の女主人(アッシリア語版ではシドゥリという名前だという)は魅力的なキャラクターだし、洪水を生き延びて永生を得たウトナピシュティムは『創世記』のノアの原型だ。


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 英雄神話というものはわりと寂しい終わりかたをするもので、最古の英雄叙事詩とされる『ギルガメシュ叙事詩』もまた、ファンタジーRPG的な展開のすえに、おもしろうてやがて悲しき人間の人生というのをちゃんとやってくれている。
 若いころはもっとこう『スター・ウォーズ』エピソードIVのように華々しく絶頂で終わればいいものを、と思っていたが、『スター・ウォーズ』サーガのその後を考えるに、やはりこれが英雄物語の定石なのだなと思うようになった。

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ギルガメシュと異なり、エンキドゥは神が土から作った人間です。ここからも半文明、半自然の存在であることがわかります。またギルガメシュから「レバノン杉の森を切り開き、すべての枠(=フンババ)を国から追い払い、我々の名を永遠に刻もう」と遠征の話を持ちかけられたエンキドゥの目からは涙が溢れ、遠征に強く反対します。神から与えられたフンババの「天命」を変えることに強い罪悪感を覚え、フンババが「人びとの恐れ」とされているという理由でエンキドゥが抵抗したというこのエピソードにも、人間と自然、双方の間で揺れるエンキドゥの異人的な立場が表れています。さらにこの後冥界から戻ってきたというのですから、エンキドゥはまさに二つの原理を股にかける人物だと言えるでしょう。
青木真兵「「闘う」ために逃げるのだ 二つの原理を取り戻す」『手づくりのアジール 「土着の地」が生まれるところ』所収、晶文社、28頁〕

 今回取り上げた作品は『ギルガメシュ叙事詩 付・イシュタルの冥界下り』(矢島文夫訳、ちくま学芸文庫、1998)所収。また『ギルガメシュ叙事詩』(月本昭男訳、岩波書店)でも読める。

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(つづく)

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