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岩波少年文庫を全部読む。(84)デビュー作が剛速球、じんとくる中2(小5)病女子小説の傑作 エレイン・ローブル・カニグズバーグ『魔女ジェニファとわたし』

とぶことができるくすり

すばらしい! ほんとに素敵な小説です。

この小説は、ふたりの少女が〈とぶことができるくすり〉を作ろうとする話です。
この〈とぶ〉は文字どおりの空中飛行のことです。サイケデリックカルチャーがさかんな1967年の作品ですが、そこは誤解なきよう。

語り手の〈わたし〉エリザベスは小学校5年生。ニューヨーク近郊の大きなアパートに引っ越してきた転校生です。

出会いはハロウィン

エリザベスが住んでいるあたりは戸建てが多い地区。林や小さな農地や温室が残っています。大きなアパートはエリザベスのを含め、3つくらいしかありません。どれも坂のてっぺんにあります。
語り手が住む集合住宅と周囲の一軒家との対比は、作中世界の雰囲気というかトーンを決めるひとつの要因となっています。

小学生が午前の課業を終えていったん帰宅し、家で昼食をとって午後また登校する、という生活が出てきます。55年前の小説ですが、このスタイルがまだ残っている地区は米国にまだあるのでしょうか。

転校してきたばかりで、まだ友だちがいなかったころ、エリザベスは昼食後に学校に戻る道で、ジェニファに出会います。
その日はハロウィンだったので、エリザベスは巡礼者ピルグリムの仮装をしていました。ジェニファは木の枝に腰掛けて、やはり巡礼者の仮装をしています。
「巡礼者」は、「海賊」とならぶポピュラーなハロウィンのコスプレ分野のようです。下記リンク先の画像を参照。

ジェニファは、自分が本物の魔女だと主張します。
21世紀の日本には「不思議ちゃん」とか「中二病」といったキーワードが定着していますが、米国ではこういう子のことをなんと呼ぶのでしょうか。女子は精神的に早熟なので、こういった思春期心性が小5で発現するのはよくありそうです。

ジェニファは、ふだんから、完全にふつうの女の子に化けている魔女なのですって。ハロウィーンの日だけ、もとの姿にもどるのですって。そりゃ魔女かもしれないわ、と、わたしは思いました。でも、完全だなんてうそよ! ふつうだなんてのも、うそ!

E・L・カニグズバーグ『魔女ジェニファとわたし』(1967)
松永ふみ子訳、岩波少年文庫、36頁。

〈ジェニファはひくい枝に腰掛けて、足をぶらぶらさせていました〉(9頁)とあるのですが、作者自身による挿画(11頁)では、エリザベスが背伸びして手を思い切り伸ばして届くか届かないかくらいのところに、ジェニファの靴が見えます。
だから〈ひくい枝〉とはその木でいちばん下のほうの枝ということで、見上げるほどの高さにジェニファがいるわけです。
転校生が見上げると、そこに待ち受けるweirdでpeculiarなコスプレ同級生。なんというかアニメの第1話って感じの登場場面でした。

魔女に弟子入り

エリザベスと同じアパートには、クラスの女王的存在で大人受けもいいがじつは性格が悪い〈ネコッカブリ〉(83頁)のシンシアや、

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