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『小説列伝』(釣り訳題じゃないよ!)は小説よりもおもしろい小説史です。


訳すのに10年以上かかったのは、僕の仕事が遅いから

西洋小説史を一挙に見通しのよいものにした、パヴェルの『小説列伝』(拙訳、水声社)は、小説よりもおもしろい小説史です。底本はこちら。

Thomas Pavel, La Pensée du roman, nouv. éd. rev. et refondue, Paris : Gallimard, coll. Folio essais, 2014.

もう10年前の本です。すみません、仕事が遅くて。
少しでも訳し間違いを減らすために、本書で言及される小説にいちいち目を通してたら、10年かかってしまいました。それでもまだ目を通せてない作品はあるし(僕が得意でないイタリア語で書かれてるやつとか)、きっと勘違いの訳はあると思います。

"nouv. éd. rev. et refondue"(全面改訂版)ってついてますよね。
そのさらに親本は、いまから21年前の本なんです。こちら。

Thomas Pavel, La Pensée du roman, Paris : Gallimard, coll. NRF essais, 2003.

『小説列伝』の原題は『小説の思考』

原題を直訳すると

『小説の思考』
『小説の思想』
『小説の考え』

という意味です。

「じゃあなにか、千野はA Hard Day's Nightを『ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!』とするような、強そうな『釣り訳題』をつけたってワケか?」

いえ、必ずしもそういうわけではありません。

著者パヴェル先生は、英語で書いた自著のフランス語版を自分で出したり、その逆をやったりしてます。モントリオール時代の終わりに出した主著『虚構世界』(1986)も、カリフォルニア大サンタ・クルス校に移ってからフランス語版(1988)を出してます。僕はこのフランス語版でパヴェルを知りました。

で、この『小説列伝』は逆に、2003年にフランス語で刊行したあと、2013年に英語版を自分で出してるわけです。それがこちら。

Thomas Pavel, The Lives of the Novel: A History, Princeton / Oxford ; Princeton University Press, 2013.

英語圏ではトマス・G・パヴェルなんです。

『小説の思考』(仏)→『小説の生命』(米)→『小説列伝』(日)

今回訳したフランス語「全面改訂版」は、英語版の翌年に出てます。3つの版を読み比べて、いちばん情報量が多いのがこの「全面改訂版」なわけです。英語版で増えた記述は、全面改訂版に取り入れられ、さらに濃くなっている。

フランス語で『小説の思考』だった題は、英語版では直訳すると『小説の生命 通史』って感じですよね。

これは、本書中で何度か言及されているイアン・ワットの名著The Rise of the Novel: Studies in Defoe, Richardson and Fielding(『小説の勃興』南雲堂)をもじった感があります。

水声社編集部が帯に〈小説全史!〉ってつけたのも、多少誇張気味ですけど、英語版の副題A Historyに添ってるんです。

「!」も大事です。

なんで「生命」がくるのか、ってのは、別項で書きますね。

『小説列伝』は「釣り訳題」ではありません

Lives(単数形Life)は「生命」「いのち」「人生」「生活」といろいろ訳せますけど、書名にくると『だれそれの伝記』なんですよ。フランス語のVie(s)もそう。

The Life of Samuel Johnson, LL.D.と言ったらボズウェルの『サミュエル・ジョンソン伝』。
Parallel Livesときたらプルタルコスの『対比列伝(英雄伝)』なんです。

「じゃあもうこれ『小説列伝』じゃん?」
という訳題を思いついたのが、3年前の2021年4月。いやー、そこからがまた長かった。仕事遅すぎよね。全部ウラ取りながら訳すにしても、遅すぎます。

ほんとは「列伝」とするには、〈小説〉が複数形the Novelsじゃないとマズい気がするんだけど、残念なことに原題は単数形the Novel。
これは「どの小説」とかじゃなくて
「小説という類」
「小説というジャンル」
をさしている。いずれ書くけど、これにももちろん意味がある。
そういうわけで、複数形のs1個ぶんだけはズルしちゃってる。そこだけは許してほしい。

そういえば小林恭二『小説伝』が好き。

で、訳題を思いついてからしばらくして、大学時代に好きだった(いまでも好きな)小説の題を思い出したんですよ。
小林恭二さんのメタフィクション『小説伝』。

題をつけてから思い出したんだけど、無意識のうちにこの作品の題のおかげで『小説列伝』という強い邦題を思いつけたのかもしれません。
(本日はここまで)

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