学校の逆境体験を人に話すこと

どうも~千夏です。
今回は中高時代の話をしたことについて書きます。

今日あるつながりのほぼ同世代の人と話す機会がありました。

私はそれなりに過去についてオープンなので(ある程度価値観を知った上で話すのはもちろんですけどね。)時々おしゃべりの材料にします。

不幸自慢にならないかはらはらしていたこともありますが、今は自分を見つめ直す良い機会だなーと考えています。
学んでいることと密につながる内容なので勉強することが苦しくなることも多いのですが、その分自分事として捉えやすいんです。


無名人インタビューっぽかったけど、その子もそれなりに自分の話をしていたから「対話」なのかな。

自分ではまぁそれなりにそういう人いるんじゃないかなーと思っているのですが、誰もがしている体験ではないらしく貴重なようです。
自分を狭い世界に閉じ込めたのも、自分を救ってくれたのも、学校だったんですよね…。

大学入学後「苦登校」という言葉を知りましたが、
まさにこれ私じゃん!という感じです。
なんでもラベリングすればいいわけではありませんが、学校に通いながらもそれなりに辛い思いをしてきた私を説明する短い言葉がなかなか見つからないのです。

最近気づいたんですけど経験則でしか物事をはかれないって残酷ですよね…。

親がなぜ友達を作ること=正義だと思っていたのか、最近ようやくわかりました。

親は友達を作ることが良いことという価値観を植え付けられてきたようです。

「口笛吹いて~♪」っていう曲ご存知ですか?
あの曲を聴いて育ったら友達いない子=悪い子みたいな歪んだ価値観になるよなぁと納得しました。

親子仲は良好ですが価値観のすれ違い、中高時代は結構キツかったなぁ…。

今じゃ暗い過去は半分笑い話ですが、他人事になりかけていることが少し怖いです。
喉元過ぎれば熱さを忘れるということわざのように少しずつ苦しみを忘れることはその物事の辛さを忘れて軽く見るみたいに思えてしまいます。
必ずしも良いことではないと思うのです。

そんな不安を持ちつつもだんだん「ただの苦しいだけの過去」でなくなったことに喜びを見出しています。

こんなところで終わります。 それではまた~