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ワールドトリガーの1話を読んだ時の話

ワールドトリガー(通称:ワートリ )という作品がある。今なお連載中で、知名度もそれなりの少年漫画である。今でこそ人気マンガを名乗れるだけの売上や知名度があるが、連載初期から人気を集めていたわけではない。そんなワートリの1話について話していく。ワートリの1話を読んだことのある人を対象に書いていく。とりあえず1話を読んで欲しい。

遅効性SF

とある読者が付けた、この作品のキャッチコピーである。数ある応募の中から、作者の葦原大介先生がこのコピーを大賞に選んだ。この「遅効性SF」というコピーはワールドトリガーという作品をよく表している。最初はなんでもなかったような描写が、話が進むにつれて意味を帯びてくるようになる。徐々に徐々に、ゆっくりと面白くなっていく展開を、「遅効性SF」というコピーはぴったりと表していた


「遅効性SF」を生み出すのは、数多の伏線、布石、前フリである。随所に後から「そういうことだったのか」と気付ける仕掛けを仕込んでいるからこそ、今の面白さ、人気がある。その代わりに、仕掛けを仕込む序盤は、どうしても盛り上がりに欠ける。昨今のジャンプ作品のような、刺激的な序盤の展開はなかなか用意できない。事実、ワートリの序盤はファンも認めるほど盛り上がりに欠ける。「少なくとも4巻まで読まないとワートリ の面白さはわからない!」そういった声が大半を占める。

しかし、ワートリは一般的に評価が低めな序盤の展開を描いておきながら、ジャンプの荒波を生き残ったのである。非常にスローペースで物語が進み、掲載順も怪しくなってくる中、それでも序盤を支えた人間がいた。そのうちの1人が私だ。当時の私は「賢い犬リリエンタール」も未読で、葦原大介作品は全くの初めて。作者を当時から応援していた訳ではない。

何故私はワートリの1話を支えていこうと思ったのか。

週刊少年ジャンプで1話を読んだ時、高校生だった当時の私の感想は、「ありきたりだな」というものだった。
異世界からの謎の兵器の侵略、それに対抗する防衛組織、ボーダー。そこに所属する弱い主人公、三雲修。そんな三雲修のもとに異世界の人間、空閑遊真が現れる。特段目新しい要素はなく、どこかで聞いたことがありそうな設定の数々。よくあるSF漫画といった感じで、「これは一年持たずに打ち切られるかもなぁ」となんとなく感じていた。

ただ、それと同時にこの作品から他のジャンプ作品には無いものを感じていた。この作品特有の「セリフ」に引っかかり、惹かれる自分を感じていた。

不良に絡まれる遊真に助太刀に割って入る修。不良に殴られた修に対して、遊真のかける言葉は
「メガネくんなんでついて来たの。弱いのに」
不良に助けてやれよ、と煽られると
「助ける?おれが?なんで?
メガネくんが自分から首突っ込んできたんだから自分でなんとかしなきゃ」
と言い放つ。

これほど渇ききったセリフは私には衝撃だった。少年漫画でこれを言ってしまうのか、と。

イカれたヤバい敵キャラが愛も情もないセリフを吐くことはあるが、遊真は別にイカれたキャラ、ヤバいキャラという訳ではない。ただ、『こちらの世界』で生きていくことで自然に培っていく常識や忖度を一切持ち合わせておらず、『向こうの世界』で手に入れた論理に基づいて行動しているに過ぎない、正真正銘ジャンプの主人公なのだ。

遊真は修を巻き込んだ訳ではなく、修が勝手に首を突っ込んで、勝手に不良に巻き込まれ、勝手に殴られた。ジャンプらしい湿っぽさは全くなく、理詰めと『向こうの世界の常識』で導かれた遊真の乾いた答えは、ジャンプを読む私の目には非常に新鮮に映った。感情を排除し論理のみから成り立つそのセリフは、数学的な美しささえも内包しているように感じられた。

確かにこの作品はありきたりなSFものの空気は纏っていた。『打ち切り作品です』とこの作品を紹介されれば信じてしまっていただろうと思う。これから面白くなるという保証もない。だが、空閑遊真の乾いたセリフをもっと浴びたいと思う私がそこにはいた。どうなるかわからないが、この作品と作者を信じてみたいと思ったのだ。確信の持てなかった私は3位にひっそりとワールドトリガーを入れた。

22巻まで刊行された今、葦原大介という漫画家を信じてよかったと思う。ロジックの敷き詰められたワールドトリガーの世界は、新鮮な面白さをこれでもかと提供してくれた。ありきたりなSF漫画などでは断じてない。私たちの知らない種類の面白さを提供してくれる、屈指の名作となったと言えるだろう。私が今まで読んだ漫画の中ではぶっちぎりで一番ハマった。

元々は遊真の乾いたセリフを浴びるつもりで読み始めた作品なのだが、当の遊真は話が進むに連れどんどんアツく、湿っぽくなっていった。当初思い描いていた姿とは全然違ったが、紛れもなくジャンプの主人公だという振る舞いを見せつけてくれている。これはこれで非常に面白いので、何も後悔はない。葦原大介のロジカルな世界にジャンプのアツさを加えた傑作に昇華していったのだ。

今なおワールドトリガーは生き残っている。私と同じように葦原大介のセリフ回しに未来を見出した同志がいたのか、キャラや絵に惹かれた者がいたのか、私の知らない面白さに注目した者がいたのか、たまたま運がよかったのか。

それとも『遅効性SF』は、一番最初から面白いのかもしれない。


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